第44話 真実
おれだけじゃなくて、みんながずぶ濡れになっていたこともあり、特別に糸子さんが自宅におれたちを招いてくれた。
そこは、とても質素な造りのマンションで、でも、とても静かだった。
「家主様に頼んで、防音設備をしていただいたのです」
そう言った糸子さんは、おれたちにバスタオルを貸してくれた。
「すみません、糸子さん。こんなことまでしていただいて」
「いいえ。あやまらなくてはならないのはわたくしの方です。あの、ですね――」
「母さんもここにいたんだ?」
なにやら深刻な話を切り出そうとしていた糸子さんの言葉尻をぶった切ったのは、まさかの薫だった。薫は、写真たての中のおばさんの顔を、とてもうれしそうに眺めている。
「それで? ごめんね、糸子さん。話をさえぎってしまって」
「いいのです。その、わたくし、みな様にあやまらなければならないことがあるのです」
なんだろう? と、みんなでぽかんと糸子さんの次の言葉を待つ。
「山田様を轢いたのは、山田様がかばったお子様のお爺様だったのです」
「え? それ、偶然にしてはできすぎ?」
おれの言葉に、糸子さんは頷いた。
「お爺様は、お嫁様と大変仲がお悪く、お嫁様はついに、お子様を連れて出て行ってしまったのです。ですから、お爺様は雨ですべったわけではなく、意図的にお子様を轢こうとなさったのです」
「それを、はざまで山田に言わなかったのは、山田が気にすると思ってのことですよね?」
おれの問いに、糸子さんはこくりと頷いた。
「正義感のお強い山田様がそれと知っては、三途の川を渡らない可能性がありました。ですから、話さずにいたのです。山田様には真実を知る権利がおありでしたのに、申し訳ありませんでした」
「驚いたけど。だったら尚更、山田は正しいことをしたってことだよな? 山田は知らなかった方がよかったと、おれもそう思う。だから、ありがとう、糸子さん」
ふいにそう言ったおれの胸の中へと、糸子さんの重みがぶつかってきた。泣いてる。糸子さんが、山田のために、泣いてくれている。
おれは、彼女の濡れた髪にタオルをかぶせて、そうしてできるだけやさしい声でありがとう、と言った。
つづく
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