第八幕 青い鳥とお菓子の家と兄弟の絆

第45話 途絶えぬ記憶

 山田の事件のことは、一時的に学園内で話題になったけれど、そこは出自正しい『音木学園』の生徒たち。すぐにその話から、テストモードに切り替わった。


 山田の席に花をあげるのは、ちょっと悔しかったから、クラスのみんなにそう言ったら、なら、校内の花壇に花を植えようという話になった。


 このことは、先生からもちゃんと許可を取って、アマリリスの花を植えた。花言葉は誇り。まさに、山田のための花だと思った。


 後から追加して、スターチスの花も植えた。花言葉は途絶えぬ記憶。この色の対比もすごくよかった。


 山田はこうして学園の魂と同化したんだと、おれは勝手に感極まって花壇で泣いてしまった。そんなおれを、劇場部のみんなが支えてくれた。


 仲間って、友だちっていいな。


 そして、山田の席は永久欠番として、今もそこにある。横を見れば、山田の無害そうな笑顔に迎えられそうで、また少し涙ぐんだ。


 おれたちは、それでも前に進まなければならない。そんなおれの頭に、ひとつの目標みたいなものが浮かんできた。


 おれ、弁護士になりたい。


 弁護士になって、無罪の人を助けたい。そのためには、山田の分まで、がんばって勉強しなくてはならない。


「なーんか、顔つき変わったな?」


 薫に茶化されても、おれは愛読書と決めたポケット版六法全書のとにらめっこする。


「リーマンになるのはあきらめた?」

「うん。おれ、弁護士になる」

「無理って言われても?」

「やる。山田みたいな犠牲者を出さないためにも、おれががんばる」

「ですが、人間は変わりませんよ?」

「それでも――? っ!? 糸子さんっ!?」


 あのー? ここ、一応学園内なのですけど。とはいえ、一応劇場部の部室ではある。元資料室でもあるが。こんな野郎ばかりの巣に、糸子さんのようないたいけな女性がいてはいけませんよ、とおれが言う前に、糸子さんから校内パスポートを見せられた。つまり、ここにいてもいいという許可が、学園側から出たというわけか。


「努様は、弁護士を目指すのですか?」

「はいっ!! おれ、がんばるし。やればできる男なんで」


 気分はすっかり弁護士。そんなおれに水をさすように、糸子さんから辛辣な言葉が返ってくる。


「人間は嘘もつきます。無罪を主張しておきながら、実のところ有罪だと気がついた時、努様はどうなさるおつもりですか? まさか、そのたびに弁護を降りるとおっしゃるつもりでしたら、向いてないと思うのですが」

「糸子さん、随分辛辣ですね。なにか嫌なことでもありました?」

「いいえ。わたくし、本日より、劇場部の顧問として雇われましたの」

「ええええ〜っ!?」


 おれの声は校庭まで響いたのだと、後ほど陸上部から苦情が来たのは言うまでもないだろう。


 つづく


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