第42話 再会
今回ばかりは特別、ということで、べそをかいたままのおれの手を、糸子さんが引いて歩いて行く。
緑の壁の向こう側は、立派な農場が広がっていた。
そこへ、場違いのようにポツンと山田がたたずんでいる。
どう声をかけるべきか迷っているうちに、山田の方から声をかけてきてくれた。
「よう、山口。どうした? おそろいで。お! さてはその美人さんが山口の片想いの相手?」
「ああ。あのな、山田」
口の中がからからに乾いているのは、空気のせいだけじゃない。
「よかったな。仲直りできたんだろ? 海原と」
うん、と答えるのが精一杯で。なんで山田はそんなに冷静なんだよって、言いそうになって、また口をつぐんだ。
「あの子、助かった? おれ、きちんと助けられたかなって、ずっと心配してるんだけど。ってか、誰かそれ、教えてよ」
笑いながら話す山田の声も震えていて。糸子さんが、一歩前に進み出た。
「あなた様のおかげで、お子様はかすり傷ですみました」
「あなた様って。おれなんかに様なんかつけなくていいですよ、お嬢さん」
「いいえ、あなた様は英雄です。そうでなければ、ここにはおりませんもの」
糸子さんの言葉に、息を飲んだ山田が、はっと息を吐いて泣き始めた。ようやく自分の状況をはっきり理解したのだろう。
「やばいよ、山口。おれ、失敗しちゃった」
どんな名優であろうと、彼のように泣くことはできないだろう。
「自己満足であの子を助けまではいいけどさぁ、母さんをひとりぼっちにさせちまう。双子だって、これから手がかかる時なのに」
「うん。でも、きみはすごい。とっさにそんなこと、なかなかできないから」
おれは自分の手を噛んだ。そうでもしないと、山田の元へ行ってしまいそうだったから。山田の手をつかんでしまったら、おれも一緒に行かなくてはならなくなってしまうから。
ふいに薫が涼しい顔を見せた。
「大丈夫。きみのご家族のことは、しかるべき人たちがきちんと導いてくれるよ」
「本当に?」
山田は涙でぐしゃぐしゃになりながら、なんとか自分を奮い立たせようとがんばっている。
「本当だよ。だから、がんばった山田にはご褒美だ。劇場部から芝居の差し入れだ。なんの演目がいい?」
おれは精一杯涙をこらえて山田に聞いた。そういえば、山田と芝居の話なんてしたことなかったな。
「笑われるかもしれないけど、おれ『オズの魔法使い』が観たい。子供の頃、両親と一緒に観たことがあるんだ。たのめる、かな?」
「もちろんだ」
つづく
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