全七編、長編劇 『コレットとエポニーヌ』

〈キャスト〉


 ※紳士……山口 努


 ※宿屋の夫人、およびエポニーヌ……空野 響


 ※宿屋の主人、および警察官……陸田 瞬


 ※語り部……海原 薫


 ※コレット……川崎 糸子



〈ただいまより、全七編、長編劇『コレットとエポニーヌ』を上演いたします。最後までごゆっくりご観覧ください〉


 ※開演ブザー


 ※語り部の話にあわせて、演者が芝居をする。


 ☆☆☆


「好きなだけでは、人間の中身なんてわからないわ」


 コレットは、お母さんのことが大好きでした。生まれて間もなく宿屋の夫婦に預けられて以来、ほとんど会ったこともない母親です。どんな顔をしているのか、どんな声なのかも思い出せないほど記憶はあやふやでした。


 だからこそ、お母さんのことが大好きだと自分に言い聞かせていたのです。


 幼いコレットは、ケチな宿屋の夫婦に預けられ、粗末な扱いを受けていました。


「それもこれも、お前の母親が金を払わないからいけないんだよっ!!」


 テナルディエ夫人は口汚く母親のことを罵ります。


「そらそら、さっさと働け!! この穀潰しがっ」


 親方は今にもコレットを殴りそうなほど追いつめます。


 自分はなんのために生きているのかしら? 幼いコレットは、顔も知らない母親のことを次第に憎むようになってきました。


「どうしてお母さんはあたしを生んだのかしら? あたし、いらない子なのに」


 生まれた時からあたたかい愛情を知らずに育ったコレットです。憎しみはどんどんと深くなってゆきます。


 そのうちに、テナルディエ夫人から溺愛されている娘のエポニーヌのことをすら憎むようになってしまうのです。テナルディエ夫人のエポニーヌへの愛情は、決して自分へと向けられることがないことを知っていたからです。


「人を信じるって、どういうことなのかしら?」


 信じることも、愛することもできず、毎日ススだらけで働くコレットに救いはありませんでした。


「あたしなんて、生まれてこなければよかったのに」


 そうしてネズミと一緒に屋根裏部屋で涙を流す日々がさめざめとつづくのでした。


 ある日、コレットの前に大柄な紳士があらわれます。


「いらっしゃいませ」


 宿屋のお客さんだと思い込んだコレットは、丁寧な仕草でお辞儀をしました。


 紳士の姿を窓から眺めていたテナルディエ夫人も、手もみをしながら彼をおもてなししようとします。


 ですが、紳士は宿に泊まるつもりはありませんでした。


「いくらですか?」

「は? え? この子が欲しいのですかい?」


 テナルディエ夫人は揺り椅子でパイプをふかしていた親方に顎で合図を送ります。宿屋の主人はすぐにやって来ました。


「どうしたんだ? え? こんな立派な紳士を立たせたままで」


 主人は夫人を怒鳴りつけます。


「それがね、このお方がコレットが欲しいなんて言い出すもんだからさぁ」

「コレットを?」


 主人は遠慮なく、紳士のことを眺め回します。彼の身なり、彼の仕草、彼の言葉に至るまで丁寧に値踏みしていた主人は、たった一言、お断りだね、と切り捨ててしまいました。


「この子には働いてもらわなくちゃならないんだ。母親の借金を返してもらわなくちゃならないからな」


 主人はそう言って、コレットの値をつりあげます。


「いくらだ?」


 紳士は主人に冷たく、しかし強気で言いよります。


「えっへへっ。こればっかりは旦那。コレットはうちの稼ぎ頭ですから」


 主人もそんな返しをして、なかなか返事をしません。


 つづく

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