第36話 不協和音
「そんな適当に考えていたんだ? 糸子さんのこと」
「ちょっ、薫。声が大きいって」
「ぼくはっ!!」
息を吸った薫が、はじめて見るほど怒っていた。
「ならぼくが、糸子さんをお嫁さんにしても文句はないわけだ? モブキャラの努くんとしては」
念押しされたみたいな形でチャイムが鳴った。薫は自分の教室に帰って行った。
ちょっと、頭の中でいろんなことが整理がつかないまま、隣の席の田中くんに声をかけられる。
「どうした? 山口。海原となにかトラブル?」
「や、あの。そういうのではないと思うんだけど」
このクラスでは、山口、山田のモブキャラコンビとして扱われている。でも、それって山田に失礼でしょう?
「なにかあったら相談してくれよなっ」
「あっはははっ」
ここはひとまず笑ってごまかしたけれども。
……しょうがないじゃん。おれ、モブだし。普通のサラリーマンになる予定でいるのに、糸子さんが満足するような生活させてあげられるかわからないし。
そもそも、糸子さんはあこがれで、初恋の人。そんな人が、おれなんかを選ぶわけがないじゃないか。
だれがどう見たって、薫との方が似合ってるよ。
だけど。あんな顔して怒らなくてもいいじゃんか。あんな、ものすごく嫌いな人をにらみつけるようなさ。そんな顔、させたのはおれの責任なのかもしれないけど。
くっそぅ。先生の授業がまったく頭に入ってこないっ。
おれだって、将来美大に行きたいとかいう夢くらいは持っていたさ。
『努はおれに似て地味だからな。将来のことは早めに考えておきなさい。現実的ではない、大きすぎる夢とかは見ないようにな』
父さんに言われた言葉が呪いのように胸に刺さるんだ。
『努は絵が好きなのね? でも、学校の先生には評価されない絵ばかり描くのよね』
母さんが教えてくれた現実。
おれだって、生まれた時からモブになりたくてなったわけじゃないんだ。
おれだって。
おれにだって。
……ちがう。おれの話じゃないっ!!
薫があんなにムキになって怒っている時はメンタルが絶不調の時しかない。しかも、そんな薫を見たのは直近で一回。薫の母さんが死んだ時だけじゃないか。
なんだよ、くっそう。そうならそうと最初から言えよっ。
「山口くん? どうしたんだい?」
「先生」
おれは席を立ち上がった。モブらしくない行動だ。そんなのはわかってる。だからなんだって言うんだ。
「おれ、腹が痛いんで調理室に行ってもいいですか?」
「山口くん。腹が痛い時には保健室に行きたまえよ。山田くん、心配だから、ついて行ってあげたまえ」
笑いなんか取りたくないのに笑われる。こんな風に悪目立ちばっかりしてたんじゃ、大学に行けなくなる。わかってるんだ。
「すみません。おれ、いそいでるんで」
カバンを取り上げて教室から走り去る。もはや保健室でも調理室でもなく、早退かもしれない。
どうしよう、おれ無計画に教室から出ちまったけど、薫はきっともう校内にはいないはずだっ。
つづく
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