第33話 終演後 その二
おじさんたちがあまりにもあわれに感じたおれは、勇気を出して一歩、前に出た。
「あのー。おれなんかが言えたことじゃありませんが。仏教には輪廻転生とか、そういうのがあるじゃないですか。もし、みなさんが生まれ変わったとしたら、なにになりたいですか?」
おれの肩のあたりで、糸子さんがなにかを言いかけたところを薫が止める気配がした。わかってますよ。輪廻転生ってのは、そういう意味じゃないってことくらいは。でもさぁ、このままだとおじさんたち浮かばれないんだよ。ファンタジーでめでたし、めでたしもいいけど、明るい話も必要なんだよ。
それまで難しい顔をしていたおじさんのうちのひとりが、ぽつりと口を開く。
「おれ、犬がいいな」
すると、仲間のおじさんが、なんで犬なんだよ、と聞いてくる。
「せがれがずっと、犬を飼いたがっていたんだよ。嫁さんと、今の仕事、契約が終わったら嫁さんの実家の農家を継ごうかなんて話もあってさ。今はアパート暮らしで犬を飼えないけど、農家だったら飼えるじゃねぇか」
「犬かぁ。おれは鳥になりたいな。自由に空を飛びたい。地べたばっかり見てたから、鳥になりたいんだ」
おれたちはみんなで、ずっと口をつぐんでいたおじさんに注目する。
「おれは、やっぱり人間がいい。ずーっと親に迷惑かけて生きてきたからさ。ほら、おれ嫁さんもいないし。できることなら、今度はまじめに勉強して、ちゃんと正社員になって、寿命まで生きて、それで笑って死にたいんだ」
おじさんたちは代わる代わるお互いの肩を叩いた。
「お嬢ちゃん。夢くらいなら見たっていいだろう? 閻魔大王様も、あの二人を呪い殺すって言ったところだけは見逃してくれたらさぁ」
おじさんのひとりがそう言って、そして三人で笑いあった。
夢……、と糸子さんが小声でつぶやくと、おじさんたちは口々にそうだよ、夢だよと言いあった。
「にいちゃんさぁ、狼やその他大勢の小人の役やってたけど、いいこと言ってくれたじゃん」
「おれたちにだって、夢があったってこと、思い出させてくれて、ありがとうよ」
「ただのモブキャラじゃなかったんだな!!」
わっはっはっ、とおじさんたちは笑う。
うん? ちょっと待て。
「努。みなまで言うな。自分でモブキャラだと認めているのだろう?」
薫。ああ、薫。きみに言われたんじゃ、認めるしかない。
それでなんとなくみんなで笑った。
「おれたち、三途の川を渡るよ」
「あの二人にも、本当は長生きしてもらいたいし」
「迷惑かけてごめんな」
そうして、またおだやかな森に川のせせらぎが聞こえた。一艘の舟が、こちらにやってくる。
「じゃあなっ!!」
三人のおじさんは、涙でぐちょぐちょになりながら、それでも笑顔を浮かべて、船の方に歩いて行った。
つづく
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