第32話 終演後

 目の前には傷だらけのおじさんが三人、ものすっごく不機嫌な顔をして立っていた。この人たちが、犠牲者か。でも、三途の川は渡って欲しいな。


 おれのそんな心情を三人が汲んでくれるはずはなく。


「まったく、冗談じゃねぇーよ!! おれたちはな、派遣社員なんだよ。だから死に損なんだ」

「よりによって正社員の二人が生き残るなんて、ふざけるなっ!!」

「これからおれたちの家族は路頭に迷うことになるんだぜ。芝居なんか観てる場合じゃねぇんだよっ」

「お気持ちは痛いほどわかります」


 糸子さんがつらそうに顔を歪めて言い募ったところで、三人の気持ちは変わらない。


「あんたみたいなお嬢ちゃんにはわかるわけないだろうっ!!」

「そうだ、そうだっ!!」

「高そうな着物なんか着ちゃってよぅ」

「わかります。なぜならわたくしも一度、死ぬ運命でここに来たことがあるからです」


 うん? 糸子さんが死ぬ運命って、どういうこと?


「わたくしは幼少の頃、木から落ちたのです」

「でもあんた、生きてるんだよな?」


 はいっ、と力強く糸子さんは頷いた。


「その時は、仏様の気まぐれで帰ることができました。ですが、みな様は、残念ながらもう手遅れなのです」

「そんなの、ずるいじゃねぇかよっ!!」

「おれたちはな、ここであの二人を呪い殺してこっちの世界におびき寄せることに決めたんだ!」


 呪い殺すだって!? そんなことできるのかよっ!? っていうか、二人は正社員なんだし、それこそ家族に保険金が入って不公平になるんじゃないのか?


「わたくしは、みな様に三途の川を渡って欲しいと思っております。なぜなら、たとえお二方を呪い殺すことができたとしても、みな様はそこで地獄落ちが決まってしまいます。また、四十九日を過ぎてもこの場を去らない場合には、地縛霊となり、永遠にここから動けなくなるのです」


 そう言って、糸子さんは右手をさっと振った。その途端、ファンタジーな森は消え去り、辺り一面ゾンビのような者たちが、うなり声をあげて徘徊している姿が見えた。


「この人たち、ひょっとして?」


 おれはあることに気がついた。もしかしたら、この人たちは、いつかの偽人魚婆さんを緑の壁の中に取り込んだ、あの無数の手の人たちなのではないだろうか?


「努様のご想像通りでございます」


 さすがの三人も、これには息を飲んだ。


「でもよう、やっぱり不公平だぜ」

「不条理なのはこの世のことわりではありませぬか? そうと知っても、働かざるおえない状態だったのではありませぬか? もし、このようなおそろしい場所にみな様が止まっていらっしゃることをご家族がお知りになられたら、どんな想いをなさるかわからないのですか?」


 不条理。この世界は不公平にあふれている。


 でも、なんとかならないものだろうか?


 つづく

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