第31話 紙芝居 その二

 いつもの喫茶店『TO-TOトート』にたどり着くと、なんとも艶やかなアジサイの花が描かれた着物を着た糸子さんが待っていてくれた。


 うおおっ。久しぶりの糸子さんっ。会いたかったですよう。


「みな様、それをお飲みになられた後に参りましょうか」


 また、空模様が怪しくなってきた。おれたちは若さに任せてアイスコーヒーをがぶ飲みすると、レジへと向かう。


 もちろん、みんな自分の分はきちんと払う。お金のせいで劇場部が解散したんじゃどうしようもないからな。


 代表で薫が支払いをすませてくれているうちに、おれは糸子さんのためにと自動ドアを両手で支えた。店長さんには嫌な顔をされてしまったが、好きな女性には特別にやさしくしたいではないか。しかも、お久しぶりの再会なのですから。


 そんなおれを冷たい目で見て、一番に外に出たのは響だった。くっそう。おれは糸子さんのためにだなぁ。


「響、傘忘れてる」


 二番目は舜だった。おのれっ。


「きみ、さっきからなにをしているの?」


 三番目は薫。捨てゼリフひどいなぁ。


「……とりあえずは、ありがとうございます」

「いいえ。どうぞ」


 着物姿の糸子さんは静々と外に出る。こんな天気でも日傘をさしている糸子さんは、さすが素敵なレディだ。


 なんて考えていたら、糸子さんににらまれてしまった。


 おれたちは、また海岸線を歩く。歩きながら、この世では味わえないような深い森の中にたどり着いた。もちろん、緑色した半透明の結界はあるが、それよりなによりファンタジーな世界観に圧倒される。


「今回はお三方なのです」


 突然ハッとなってドキュメントファイルケースを抱きしめる。よかった、紙芝居ちゃんと持ってきていた。


「三人と言うと、もしかして昨日の事故の?」


 薫はなにかを知っているらしかったが、すっかり紙芝居制作に夢中になっていたおれはなんにも知らない。そんなおれへと、糸子さんは丁寧に説明をしてくれる。


「はい。昨日、小雨が降る中、解体作業を行なっていらっしゃった作業員五人の足場が崩れて、三人の方がお亡くなりになりました」

「あれ? 解体作業って、雨でもやってましたっけ?」


 無知なおれにはわからないことだらけだ。ひょっとして、ブラックな企業だったりするのだろうか?


「努様のご想像通りでございます。本来、雨での作業は禁止されているはずですが、どういうわけか行われておりました」

「小雨だからいいと思ったのだろうか? 亡くなった方は気の毒だな」


 薫が言うと、更に糸子さんがつづける。


「大変お気の毒なことに、お亡くなりになられたお三方は派遣職員でした。生きていらっしゃられるお二方は正社員。これに不満があり、三途の川を渡ることができないのです」


 それは不満だろう。ようし、おれの紙芝居で三途の川を渡らせてやるぜいっ!!


 つづく

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