第29話 電話

 いよいよ、画用紙と向き合う。薫の台本にあわせて、ここぞという場面を切り抜き、鉛筆で下書きを描いた。


「よーし。我ながら上出来ー!!」


 なんて気を抜いたが最後、蓋を開けたまま放置していた絵の具がちょっぴり画用紙についてしまう。よりによって赤。しかもチューブの中で絵の具が少しかたまりつつあった。


 これは、画用紙的にはごまかしがきくが、絵の具的には致命傷。しかたない、使うときに絵の具を真ん中から切るしかない。それでも固まっていたら、明日仕上げることにしよう。


 なんてのんきなことを考えている時にかぎって、薫から電話がかかってくる。


「はい、もしもしー?」

『もしもし? 糸子さんから伝言。紙芝居、明日の放課後までに仕上げてくれって』


 鬼か。これから本格的に色付けをするところなんだぞ。でもそんな強気な糸子さんもいいっ!!


『努? 変なことを考えているだろう?』

「なんでいつもバレるかなぁ。了解。できるかぎり手を尽くします。あれ? でも、ってことは紙芝居は持っていけるってことだよね?」

『そうみたいだよ。さすがに置物はダメだって言われたけど』

「ねぇ、薫さぁ。糸子さんの電話番号知らない? ……切れてやがる」


 電話は一方的に切られてしまっていた。いつになったら糸子さんの電話番号を知ることができるのだろう?


 ああ、でも今日がんばって紙芝居を仕上げたら、糸子さんに褒めてもらえるかなぁ? あら、とっても素敵ー!! とか言ってくれないかなぁ?


 ……はい、そんなことは期待してませーん!!


 おれは一旦落ち着いて煩悩を捨て去り、まっすぐ画用紙に向き合った。


 間に合うかな? コレ。


 つづく

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