第28話 皿洗い

 ドキュメントファイルケースのおかげで、なんとか画用紙を濡らさずに家まで持って帰ることができた。


 それにしてもさすがは元資料室だけあって、探せばお宝がわんさか出てくるんじゃないの?


 なんて考えながら、母さんの食事の手伝いをしつつ、さて、紙芝居をどうしようかなんて考えていると、その母さんに話しかけられた。


「最近の努、とってもたのしそうね」


 最近? おれずっとたのしさを求めて生きてきたのだが、母さんがそれを全否定する?


「本当に、薫くんたちのおかげね」

「それはそうだが母さん、おれもしかしなくても片想いをしていると思うんだ。どうすればいい?」


 年頃の息子に恋の相談を受けた母さんは、数秒の間固まる。それから、満面の笑顔で取りつくろった。


「まぁ、そういう時代だものね。母さんは、努の恋を応援するわ。たとえ父さんが反対したとしても。ええ」

「ちょっと待って。なんで父さんが反対すると思ってるの? 会ったことないでしょうに?」


 いやー、と母さんは一度洗い物の手を止めて、しっかりタオルで手を拭いた後、がんばれ青年、とおれの両肩に手を置いた。


「だって、努の好きな人は『音木学園』の誰かでしょう? 同性愛でも、母さんは応援するわっ」


 そっちに勘違いされたか。


「そうじゃないけど。まぁ、いっか」


 糸子さんことを説明するのもなんだか面倒くさいし、婆さんが若返ってお年頃なんです、なんてとても言えない。


「よくないわっ。いい? 好きな人には特別にやさしくしてあげなくちゃいけないわよ? 恋はとても繊細なの。うっかりしたことで簡単に壊れてしまうわ」

「はい。やさしくします。でもおれ、もう散々暴言吐いちゃったからな」

「だからこそよ。挽回するには、特別なやさしさが必要よ。大切にされているって思うと、案外相手を気にするようになるものなの」


 へぇー。それは父さんのことかな? なんて思いながら返事をしていたら、母さんに背中を押されてしまう。


「はい、お手伝いはこれでおしまい。努はやることがあるんでしょう?」


 うん? 劇場部の話はしたけど、まだ紙芝居の話はしてないんだけどな。


「そんなの。あなたすぐ顔に出るからわかるわよ。自分のやることを精一杯やりなさい」

「はい。では、少し部屋に引きこもります」


 こうして、夕飯後のお手伝いは唐突におわったのだった。


 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る