第五幕 七人の小人

第27話 ガザニア

 学園の花壇のガザニアの花が枯れかけている。それは梅雨のはじまりの合図だ。


 天気予報ではまだ梅雨入りを認めていないけれど、五月の終わりに雨がつづけて降っていれば、これはもう間違いなく梅雨入りしたのだろう。


 ちなみに雨は、降ったり止んだり、豪雨になったり風が強かったりしながら一週間が過ぎた。


 怒涛のゴールデンウィークを劇場部の四人で過ごしたけれど、五月も終わりが近いというのに、今月はまだ糸子さんと会っていなかった。


 糸子さんと会わない、ということは、お亡くなりになった方が素直に三途の川を渡っている、ということだ。それなら、その方がいいのだけれども、彼女に全力で片想いをしているおれからすれば、ちょっぴり物足りなく、せつないものだ。


 糸子さんは、薫としか連絡を取らない。名門である白百合家からどこかに引っ越したらしいのだが、それすらおれは知らされていないし、なんなら彼女の電話番号もメールアドレスも知らない自分に苛立ちを覚える。


「はー。元気でいるのかな?」


 窓の外は雨。劇場部のお稽古は、おれを除けばちょっと白熱しかけている。


 なんでも薫が次に書いたのは、『白雪姫』のオマージュで、主役は七人の小人ということらしい。


 スノーホワイトと王子様、それに狼まで出てくる脚本に、めずらしく舜が薫に異議を唱えていた。


「だから。この本だと、七人の小人が出てこなくちゃいけないだろう?」

「あー、まぁ、うん。そうなんだけど。なんなら紙芝居という手もある」

「だったらおれ、絵を描くけど?」


 舜と薫の言葉尻を奪ったおれへ、チョップの嵐がくだされる。


「努、美術の点数悪すぎるじゃん」

「でも、じゃあ、ホームセンター行って、七人の小人の置物を買ってきて置く?」

「あのさぁ、努は全力でそんなこと言ってる? 置物をはざまに持ち込めるかどうかなんてわからないじゃないか。それなら紙芝居の方がまだチャンスがありそうだよ」


 そうだった。学園内のステージに立つことが許されているのは文化祭のみ。ってことで、実質はざまで披露するしかないのだ。そんなこともすとーんと忘れていたよ。


「でもさぁ。授業の絵は、みんなで同じものを同じように描こうってやつだろう? そこにおれの実力は発揮されないわけだよ。なにしろおれって天才だから」


 文句を言うのも面倒くさいとばかりに、薫が深いため息をつく。


 モブ・オブ・ザ・モブのこのおれに、そんな才能はないだろうと見極めた薫は、台本を直しにかかる。


 その隙におれは、持参のスケッチブックに一人ずつ小人を描き連ねてゆく。


「え? 努ってそんな才能あったんだ?」


 暇を持て余した響が、おれのスケッチブックを覗き込んで心底意外そうにそう言った。響があんまり本気で驚いたからか、舜も薫も集まってくる。


「え? なんか躍動感のある小人だけど、ちゃんと七人の特徴とらえているじゃない。どうした? 努の癖に」

「人のことをそんな風に言わないでくれ。今ほめられたのが台無し」


 ほめてないよ、と薫が涼しい顔をして言う。


「けど、たのしそうだから、とりあえず紙芝居やってみるか」


 それはまさに鶴の一声だった。薫はすぐに美術部に頭を下げて、白紙の画用紙を何枚か買い取ってきてくれた。


「じゃ、そういうことで」


 え? 手伝ってくれないの? おれに丸投げ? そんなポカーンとした顔をしていたからだろう。


「絵の具とかは、自分で用意できるんだよな?」

「うん。家に帰ればあるけど。この雨の中、どうやって画用紙を持って帰ろう?」


 薫に聞いたら、資料室の隅っこに挟まっていた防水加工のドキュメントファイルを投げてよこした。


 くっそう。本気で丸投げしやがった。


 つづく



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る