海原 薫視点・現在

 糸子さんとの密会はそれからもつづいた。けれど、みんなにはまだ自分とこうして会う仲であることは絶対に秘密だと、口酸っぱく言われていた。


 そしていつか、劇場部をあっと驚くような場所でお芝居をさせてあげる、とも言ってくれた。


 まさかその場所が、あの世とこの世のはざまだとは想像もしていなかったけれど。


 それでも、この奇跡的な出会いにいつも感謝しているんだ。


 悔しいからみんなの前では言わないけどな。


 そうして目の前を歩く努の頭に軽くチョップをかます。彼はいくつになってもおなじリアクションを返してくれる。その凡人さは、たしかに糸子さんが言うように最強なのかもしれない。


 本人にまったくその自覚がないことに腹が立つけれど。


 いつか、糸子さんからゆるししてもらえたら、本当のことを話すから。ぼくが糸子さんに抱いている気持ちは、努のそれとは違うのだと、はっきりそう言うから。


 だから、ずっと凡人でいて。


 ぼくたちを支えて。


 嫌いにならないで。


 はざまには行かない、こんな日もいいなと思うのだった。


 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る