海原 薫視点。その二

 おなじクラスだからよく目があうようになってしまった。


 山口 努。モブ中のモブとは彼のことを言うのだと思う。


 そうして、川崎さん――、いや、糸子さんから言われた言葉を思い出す。


『凡人ほど強い者はおりませんよ。凡人なのですから』


 チャーミングな笑顔で笑った彼女は、自分のことは糸子と呼んでくださいと言った。そして、自分たちのことは、誰にも秘密にしておくこと。そうしなければ、大変なことになってしまう。


 わかってる。そんなのはただの子供だましだって。白百合家に使える者が、ぼくのような者と知り合いだとなにかと都合が悪いのだと言うことも、子供心に感じていたから。


 そして、こうも言ってくれた。


『ご自分の可能性をご自分で信じてさしあげてください。そして、仲間ができたら大切にすることです。それが、一番の処世術ですよ』


 糸子さんは、ぼくにとって母さんのような存在だ。本来なら母さんが教えてくれていたであろうことを、糸子さんが教えてくれたのだから。


 ぼくは山口を手招きして呼んだ。山口は大げさにおれ? と首をかしげながら近づいてくる。


「なってあげるよ、脚本家に。高等部の三年間だけという約束と、一度上演した演目は二度とやらないことが条件だけど」


 山口はぽかんと口を開けて、今度は空野と陸田を手招きした。


「なになにー? ぼくのかわいさに目覚めちゃった感じ?」

「そうではなく。こちらにおわす薫くんが、劇場部の脚本を書いてくれることになった」

「本当に? ありがとう、海原くん」


 陸田は普段の仏頂面からは考えられないくらいの笑顔だった。


「それと、面倒くさいから、これからは各自、下の名前で呼ぶこと。あと、敬称略な」

「化粧するな?」


 その時。瞬間的にそう言った努にめちゃくちゃ腹が立った。わざと間違えたのか、ダジャレのつもりなのか。それとも天然か。どちらにしても、彼の脳天にチョップせずにはいられなかった。もちろん軽くだけど。


「痛っ。なにするんだよぉー」


 仲間、できたかもしれない。


 つづく

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