海原 薫視点。-エピソードゼロ-その四
それからしばらくの間、川崎さんとの秘密の時間がつづいた。お嬢様の具合によっては出てこられないこともあり、ぼくの携帯電話の番号とメールアドレスを教えあう仲にはなった。
「わたくしは、薫様のように恵まれた環境で育ったわけではありません。ですが、お嬢様の、白百合家で働かせていただいてからお給料をためて、ご褒美に毎月一冊、シェイクスピアを買いました」
それ、三十七ヶ月かかってようやく終わるってことか。
「それを話すと皆様に笑われてしまいます。なんとまぁ、気の長いことって。でも、月に一冊本を買うのって、なんだかすごく贅沢に感じるのです。薫様も、おかしいと笑われますか?」
「いいえ。と、いうよりも。なぜそんなにシェイクスピアにこだわるのですか? おもしろい本なら他にもたくさんありそうなのですが」
それですっ! と川崎さんは手を叩いた。こうして見ると、表情の豊かな人だな、とも思う。
「ほかの作家様が絶対に書かないであろう、人間の本質を書かれているからなのです。薫様も、だまされたと思って、三十七冊読んでみたらわかってくださると思うのです。そして共に語りあいましょう」
そこでハテナマークが頭に浮かんだ。この人はショタコンという人種なのではないのか?
「ああ、もちろん、薫様のお父様をどうこうしようと目論んでなんておりませぬし、薫様をどうこうしようとも考えてもおりません。ただやはり、薫様にはお友だちが必要なのですよ。わたくしにも必要なのですが」
「お嬢様は友だちではないのですか?」
そう聞けば、たちまち川崎さんの表情が曇ってしまう。
「お嬢様とわたくしは、無二の親友です。なのですが、お嬢様の病は、おそらく完治することはないでしょう。ですから――」
はらはらと涙がこぼれる川崎さんの目元を、ぼくのハンカチで拭った。
「ごめんなさい。デリカシーに欠ける発言でした。ぼくでよければ、友だちになりますから、だから、泣かないでください」
とても、うつくしい心を持っているんだな。
「ありがとうございます。ご心配をおかけしてしまい、申し訳ございません」
「あの、さ。話したいことがあるんです」
川崎さんを泣かせてしまったおわびにと、先日山口 努から誘われたことを話した。
次第に目を輝かせる川崎さん。本当に芝居が好きなんだろうな。
「そのお話は、ぜひ引き受けるべきですよ!!」
そう言うと思ったけど。まぁいいや。
つづく
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