悲喜劇『わんぱく王子と人魚姫』 その三
まるで景品かなにかのように自分の体を取り替えられるなんてもう嫌だわ。人魚姫はそう言って、老婆の提案を断りました。
「わかりました。それではわたくしが丘に上がり、姫のフリをしてきましょう。王子様はあれだけたくさんの真珠を投げつけられたのです。きっと、姫様との記憶はありません。その代わり、わたくしに人間とおなじ足をください。そうすれば王子様が本当に心を入れ替えたのかを確かめることができます」
老婆は王様にそう頼み込みました。
「今となっては、なぜ姫にウロコを届けさせたのか、それすら意味のないこと。無闇に人間に近づいては、その身を滅ぼすことになりかねんぞ?」
王様はそう言って、老婆を説得しようとしましたが、老婆は断固としてその意見を受け入れません。
「お願いです。どうか一度だけ、一度だけでいいですから、王子様に会いに行かせてください」
老婆の必死なたのみに、王様は交換条件を出しました。
「よかろう。そこまで言うのなら、そなたに人間とおなじ足を与えてやろう。その代わり、声を出すことはできず、そして二十四時間以内に戻って来なければ、そなたは人魚の姿に戻ることはできない。したがって、二度と海底に戻れなくなるのだぞ? それでもよいのか?」
老婆は頷きました。しわくちゃの顔に満面の笑みが浮かんでいます。
いったいなにをたくらんでいるのかしら? 人魚姫には老婆の考えがわかりませんでした。まだ若かったからです。
はたして老婆は、海底に戻ってくることはありませんでした。
老婆はうまうまと人間とおなじ足を手に入れ、記憶喪失の王子様に人魚のウロコを取ってきたのは自分だ。こうしてしゃべれなくなったのは全部あなたのせいだと筆談で責めて、老後の世話をしてもらっていたのです。
すべての記憶を失った王子様は、老婆の言葉をまんまと信じてしまっていたのです。
王子様の心は、すっかりやさしくなりました。その代わり映えぶりに城の者たちは気味が悪いと影口を叩きますが、王子様が持ち帰った人魚のウロコを煎じて飲んだ王様はすっかり元気になり、王子様と老婆をもてなしました。
こうして老婆は、人間の世界でやすらかに死ぬことができましたとさ。
めでたし、めでたし。
〈以上を持ちまして、悲喜劇『わんぱく王子と人魚姫』は閉演となります。ご観劇いただき、誠にありがとうございました。また、お帰りの際はお忘れ物のなきよう、足元にお気をつけてお帰りください〉
※終演ブザーの音
閉幕
☆☆☆
つづく
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