第13話 終演後

 緑の壁の向こう側には、いかにも気難しそうな老婆がおれたちをにらみつけている。


 老婆を熱演してくれた糸子さんも若返り、それがまた気に障ったかのように、婆さんはいらだって見えた。


「お前たちはなんなんだ!? こんなところで芝居をするなど、なんと下品な振る舞いをするのだ!」


 おいおい、婆さん言ってることめちゃくちゃだぞ。せっかくのおれの熱演が台無し。もうおれのかっこよさが世に放たれるチャンス到来だったのに。


「ここをどこと知ってのおこないか? ここはな、あの世とこの世のはざまなのだぞっ」

「承知いたしております」


 婆さんには婆さんを。ってわけじゃあないんだろうけど、ここは糸子さんに任せてみるか。


「ですがあなた様は、この場所で、少年が来るのをずっとお待ちになるつもりなのでありましょうか?」


 なにっ!? 生前ダニみたいに食らいついていた癖に、まだ足りないってか!? 欲深いにも程があるぞ。ちっとはわきまえろや、婆さん。


「あーんたに言われなくともわかってらい。わしはな、あの少年に目をかけてやったんじゃ。人生のイロハを丁寧に教えてやったんじゃ。ここで待つことくらい、なんてことないさ」

「ですが、本当はわかっていたのではありませぬか? 少年が、あなた様のためにだまされたフリをしてくださっていたことを。それを詫びたいがために、ここにとどまっていらっしゃるのではありませぬか?」


 糸子さんに説得された婆さんは、くぅーっと悔しそうに唸り声をあげた。


「それのどこが悪いんじゃ? わしはな、死んだ後もあの少年のことを見守ってやりたいんじゃよ」

「あなた様がここにとどまることは、見守りなんかではありませぬ。それは、あなた様のエゴです」


 チイッと舌打ちをした婆さんは、杖を振り上げておれたちを追い払うしぐさをした。


 糸子さんは悔しそうに唇を噛んだ。どうした?


「この神聖な場所で無礼を働いたのはあなた様です。ですから、罰を受けるのもあなた様なのですよ? おわかりですね?」


 糸子さん? なに言ってらっしゃるの?


 そう思う間も無く、一陣の風が吹いてきたと思うと、婆さんの脳天に突如あらわれた雷が落ちた。


 ……感電?


 婆さん、死んじまったのか? いや、もう死んでるのだけれども。


「罰を受けるのは、一度で済むとは思わないことです。仏様を怒らせてしまいましたら、もう、わたくしの手の及ばない範疇になります」


 糸子さんは、すました顔でおそろしいことをさらっと告げる。


「あなた様はもう、三途の川を渡ることはできません。ここで、地獄に落ちることが決定してしまいましたから」


 そうして真っ黒に焦げた婆さんへ向けて、長い手が何本も緑の壁から伸びてくる。


「うわーっ!! やめとくれ!! こっちに来るんじゃないっ。シッシッ!!」


 婆さんが声を上げるごとに手の数は増え、やがて婆さんの声は聞こえなくなり、手も、婆さんも消えてしまった。


「ふぅ。今回は失敗してしまいました」


 冷静に汗を拭う糸子さんの顔は、さっきよりも大人びていた。ああ、本当にひとつ、年をとってしまったのだなと思うと、これ以上年をとらせるわけにはいかんと気が引き締まる。


 だが、ちょっと待て。糸子さんは元々婆さんだったことを忘れてないか、おれ。


 つづく

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