第11話 糸子さんからの提案

「実のところ、わたくしも幼少時には芸事を習っておりました。日舞にお琴に詩吟、民謡も少々。ですので、少なからずみな様のお役に立てるのではないかと思っております」


 おいおい、横から出てきていきなり役者志願かよ。でもな、おれたち劇場部は糸子さんが思っているよりもアクティブなんだぜ? 途中で息切れとかされたらたまらんし。糸子さん急に若返っちまったから忘れてると思うけど、本当は婆さんだもんな。体力面での心配が――。


「努様は、重ね重ね失礼でありますこと。わたくしは自分の体力の配分くらいわきまえております。今のわたくしはそれはもうピッチピチなのでございますよ。それに、いざとなれば老婆にもなれますし」


 ピッチピチの部分で鼻血を吹いたおれの首を、後ろから強めに舜に叩かれた。折れる、首やっちまうからっ。


 けど。中身婆さんだってわかっていても、今の言い方かわいかったな、糸子さん。


「で、ですから。そういうことをわたくしの前で気安く考えないでくださいっ!! それに最初はおしゃべりなのは嫌いだとおっしゃっていたではないですかっ!!」

「その説はすみませんでした」


 え? 糸子さん、顔真っ赤……。かわっ。マジ、かわいい。かも。


「ああもう、努様!! あなたの思考回路はダダ漏れなのですっ!! そういうのを現代ではセクハラと言うのでありましょう!?」

「すみませんね、糸子さん。努はむかーしから女性に免疫がなくて。しかも、思考回路普段からダダ漏れですし」


 薫が抜け目なくフォローしてくれたからいいものの、このままだったらおれは単なるロリ婆フェチになるところだった。


 ……いや、そうかもしれん。糸子さんがかわいく見えるんだ。認めるべきかもしれんぞ。


「もう、知りませぬっ」


 ぷんと頰を膨らませて顔を背けた糸子さんに見とれていたのは、多分、おれだけではないはずだ。そうだろう、そうだろう。だって糸子さん、かわいいもんっ。


「努」


 ふいに薫に呼ばれた。あれ? なんか本気で怒ってる?


「たのむから、糸子さんに汚れた心を向けないでくれ」


 それは、たのみと言うよりは脅迫に近いように感じて、おれは伸びきっていた鼻の下を縮めたのだった。


「ごめんなさい」


 ここであやまらなかったら収拾がつかないような気がしてあやまったのだった。


 フロマージュへはまだ遠い道のりだ。


 つづく




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