第12話 わりと簡単に好きになってしまった人と一緒に浜辺を歩くのって照れる
おれの謝罪を丁重に受け取ってくれた糸子さんは、それでは少し歩きましょうか、と浜辺に向かう。
このギャップにすっかりやられちまったおれ。そうだ。小学生の頃から男子校で、女の子に免疫がないからだ。そのせいだと自分に言い訳をして、みんなより少し遅れて浜辺を歩く。こんな顔、みんなの前で見せられるわけないだろう。
湿気た砂の中から貝を拾うような仕草をする糸子さん。その後からつづくおれたちは、はたから見たらどんな風に映るだろうか?
「今回は、人魚を三途の川に渡らせて欲しいのです」
「え? 人魚って、あの人魚?」
めずらしくかわいいアピールをすることもなく響が糸子さんに問いかけた。あれ? こうして見ると、響って糸子さんとちょうどいい身長差だな。なんだか、焼ける。
「そうなのでございます。ところがこの人魚、若くてピッチピチではありませんでした」
「うん? それはまさか、老婆ってこと?」
舜が前のめりで聞いた時だった。浜辺から一転して、緑色の壁に囲まれる。結界だ。
「おっしゃる通りでございます。それと、何度でも申しますが、決して結界に手を触れることのなきよう、お気をつけください」
はいはーい、と適当な返事が飛び交う中、気になる老婆の人魚へと話が進む。
「なんと申しましてもこの老婆の人魚、たいへん欲深かでございました。実のところこの老婆、本当は身寄りのない単なる老婆で、人魚などではありませんでした。そして、ある少年をだましていたのです。とてもやんちゃな少年は老婆の言葉を間に受けてしまい、両親が働いたお金を老婆の言われるがままにつぎ込んでしまったのです」
老婆も悪いが、少年も悪いな。人生は疑うことも知らなきゃならん。
「そうして、自分の体を食べると不老不死になれると少年をだまし、しかしながらついに少年の両親にも事の真相がバレてしまいました。老婆は警察病院内で衰弱死いたしました。お金は戻ってきませんでした。ホストクラブで使い込んでいたのでした」
「ちょっと待った」
思ってもいなかった方向に話が進んで、おれはあぜんとする。
「まさかとは思うが、三途の川を渡れないのは少年じゃなくて、老婆の方か?」
「おっしゃる通りでございます。実に強欲、欲深かでございます」
は? ってか、老婆が三途の川を渡らない意味がわからん。あんた散々少年をたらしこんだんでしょう? まだなんか未練とかあるの?
おれが腑に落ちないと眉根を寄せていると、薫がカバンの中から台本を取り出した。
「糸子さん、申し訳ございませんが、老婆の役を演じてくれませんか?」
「あい承知いたしました」
その台本っ!? 待て、おれはモブ・オブ・ザ・モブなんだぜ? その本やっちまったら、おれが実はイケメンだったことが世間にダダ漏れになっちまう――!?
台本から顔を上げた糸子さんはにっこりと笑った。かわいい。
「王子様のお役は、努様にぴったりでございますね」
もうどうにでもなれっ。
つづく
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