第8話 糸子さん登場

 ガヤガヤしながら校門に向かうと、なにやらむさ苦しい野郎どもが立ち止まって群れていやがる。なにがあるんだ?


 ひょいと校門の外へと目を向けたおれたちに、ゴスロリ風のお嬢様が日傘を落としてよかったー、と声をあげた。


 あれ? 彼女どこかで見たような?


「お待ち申しておりました、薫様」


 へ? 薫の彼女? みたいな雰囲気にあてられて、それじゃあかなうわけないやと、野郎どもが散っていく。


「ああ、糸子さん。約束、今日でしたっけ?」

「ええ。今日はご一緒にフロマージュを食べに行く約束をしていたではありませぬか」


 糸子さん、と呼ばれたゴスロリ風のお嬢様は、ぷんと頬を膨らませ、すねて見せた。なるほど、フロマージュはそこでつながっていたわけだ。


 くさってもこちとら男子校だ。いっくら響がかわいいからって、妥協はしない。どうせ見るなら本物の女の子の方がいいに決まってる。


「では、共に参りましょうか?」


 優雅な仕草で日傘を拾って、糸子さんにさし出すと、おれたちはなんの不平不満もなくてくてくと歩き出した。ってこれ、薫のデートの邪魔してないか? それに、糸子さんって誰なんだよ。途中まで思い出しかけているのに、思い出せないもどかしさ。


「やっぱり気になるっ!! 糸子さんは薫の彼女なんですかっ?」


 この微妙な沈黙に耐えかねたおれが声を上げると、ああまた風情がだいなし、と薫がぼやいた。


「努はさぁ、彼女のことを覚えてないわけ?」

「は? へ?」


 こんなうら若きうつくしき女性、一度見たら忘れるはずがない。だが、どれだけ頭の中を検索しても、糸子さんとやらの情報はなにも出てこなかった。


 糸子さんはすっと人並みから遠ざかるように路地裏に入ると、お嬢様とは思えないような意地の悪い顔でおっほほと笑った。


「わたくしをお忘れですか? 努様」

「あっ!! ひょっとして、あの時の婆さん!!」


 ポンと音がして、あの日、あの時、あの世とこの世のはざまにおれたちを連れ込んだ婆さんがあらわれた。あの時婆さんは若返りはしたが、しかしこんなに若くてうつくしかっただろうか?


 すぐにお嬢様の姿に戻った糸子さんは、そそくさと歩き出す。


「婆さんとは失礼ではありませぬか? そりゃあわたくしは少しばかり年をとりました。ですが、あの日以降、わたくしの若返りは止まらず、ようやくここに来て止まった次第でございます。そりゃあ一瞬ではございますが、婆さんの姿に戻ることもできるようにはなりましたが、どうせなら若い方がいいかと思いましたのに」

「あのー、ごめんなさい。それに関しては本当に申し訳ないです」


 嫌な予感しかしないが、こうしてまた新しい幕があがるのだった。


 つづく

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