第二幕 人魚姫はどこに?

第7話 フロマージュ

 一度上演した作品は再上演しない。そんなふざけたマイルールを己に課している薫のせいで、せっかく稽古中だった『アランとお姫様』はお蔵入りしてしまった。


 あーあ。体育館とかで上演したら、野郎どもの目から大量の涙があふれ出たことだろうにな、もったいない。


 結局あの日、あの海でお嬢様を助けたことも、あの世とこの世のはざまに行って芝居をしたことも、誰もなにも口にすることはなかった。


 もし、それを話してしまったら、うつくしい思い出が海の藻屑と消えてしまいそうでこわかったんだ。


 おれたちは、劇場部。呼ばれたらどこへでも行くし、即興や寸劇だってやってのける。


 ただし、この四人限定だけどな。


 窓の外に広がる海をぼんやりと眺めていたおれの頭に、薫がチョップする。おい、これ地味に痛いのだが?


「なんだよ、薫? いきなりチョップするなんて。今日は居眠りしてないぜ?」


 それなりに粋な返しができたと自負していたところへ、薫の完璧なツラがおれの胸に沈んだ。


「こないんだ」

「……なにが?」


 イルカ? それともシャチ? そう思うおれへ、なにを思ったか頭突きをかます薫。


「痛っ!! なにしやがる?」

「シナリオが降りてこないんだっ!! それもこれも山口さんちの努くんが今日もちゃっかりモブキャラでおさまっているせいだっ!!」

「あちゃあー。もらい事故だね、努。ま、ぼくかわいいからそのポジションはいらないけどね」


 響、あざとかわいい響。我が男子校のアイドルでありながら、実のところ毒舌キャラなことをおれたちは知っている。


「なにかないのか? 薫のために、なにかのオマージュとか?」


 高身長の舜の言葉から、ひとつ浮かび上がったものがある。


「あ、それならフロマージュが食べたい」

「ダジャレかよ」


 それからまた、うんうんと頭をうならせた薫は、もう今日は考えてもムダだとばかりにカバンにノートをしまい込んだ。


「じゃ、フロマージュでも食べに行きますか?」

「結局食うんじゃんよ?」


 そう言って笑いあうおれたちは、これから起こる出来事をまったく予測していなかった。


 つづく










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