次のフェーズへ

「アンタ、もしかしてわかってないニャ」

「バレたのね~」

「もう! こんな深刻な時に何ボケてるのニャ!」

「じゃあ、深刻な現場を見てみるのね」


 ミーアさんは指を鳴らすと、宙にいくつもの映像を投影した。そこには、見たことあるVtuber、いや、ここではイマジナリーエグジスタンスか。その人たちがダークマターに襲われている映像が流れる。

 

「これはすでに起きた出来事なのね。わたしは異変を知ってからすぐに兵士たちを向かわせたのね。でも、ほとんど手遅れ。このフェーズにおいて、いかに私たちが無力かを思い知らされたのね」


 私がこっちへ来てからそう多く時間は経ってはいない。なのに、ミーアさんはすでに情報をたくさん集めようとしていた。

 おそらく、あの本は私が来る前からあって、それを読んでいたからこそ、素早い行動がとれたのだと思う。

 

「一つはわかったことはこの本に書いてあることは事実ということ。イマジナリーエグジスタンスはダークマターそのものにアプローチすることはできないのね。でも、誰かに憑依したあとなら、アプローチができるのね」

「だから、刃やスカイの憑依を取り除けたわけニャね」

「そして、憑依された者はその力を肉体の限界を考えず使用するのね」


 ミーアさんの説明を聞きながら、みんなは流れる映像に再び言葉を失う。友達や仲間がどんどんダークマターにより支配されていき、普段とは違う豹変した表情を見せ、どこかへと進んでいく。

 すると、それを見ていた刃さんが言った。


「あの、これって白彩ちゃんを排除するために憑依してるってことだろ。なら、憑依する人間が行く先って……」

「勘のいい学生なのね。そう、ここに来るのね」


 その直後、外から轟音が響き渡り、城全体が揺れた。驚く暇もなく天井を突き破り一人の女性が降りてくる。勢いよく床へと着地したその体には、漆黒のオーラがゆらゆらと揺らめいており、ゆっくりと立ち上がって私の方を見た。

 その姿を見たスカイさんは小さくつぶやく。


「先輩まで……」


 この世界での先輩後輩はおそらくVtuberとして表舞台に立ったのと同じように分かれている。だからこそ、今目の前にいる人物、メカ美さんの支配された姿に、後輩であるスカイさんは唖然としていた。


「もうこのエリア以外は支配されたはずなのね。わたしたちにできることはたった一つ、白彩ちゃんを最後まで守ること」

「そのあとはどうするニャ……」

「白彩ちゃん次第なのね」


 ミーアさんは私の方を振り返って言った。


「白彩ちゃんもこんなことに巻き込まれてとても不安だと思うのね。だけど、わたしたちじゃどうすることもできないのね。だから、あとはお願い」

「で、でも。私は何もわからなくて」

「白彩ちゃんはわたしたちのことに詳しいのね? だったら、きっと大丈夫。またわたしたちを見つけて。そして、力を貸してもらうのね」


 そういうと、みんなは次々と現れる支配された人たちに立ち向かう。私は声をかける暇もなく、兵士に連れられ逃げることになった。

 なんで私はここに来てしまったのか。なんでこんなことになってしまったのか。私はここへ来てはいけなかった。来てしまったことがすべての始まりなんだ。でも、どうするればいい。どうすればすべてを終わらせられるの。……私にはわからない。


 城の上部に到達し、ダークマターに支配された者たちがやってくる。兵士は私を先に行かせ、立ち向かっていった。

 気づけば城の頂上だった。周りに広がっていた広大な自然は、漆黒の波に包まれ、空は変色し、全てをリセットするように覆いつくしていく。


「わからないよ……。私は何をすればいいの!」


 直後、押し寄せる漆黒の濁流によって視界は真っ暗に包まれた。

 

 無重力のようなふわふわと浮くような感覚が体を支配していた。決して居心地の悪いものじゃないけど、何かしなきゃという使命感が私の目を開かせた。目を開けると周りは暗黒の世界。何もない。音もしない。腕を振っても風一つ起きない。本当に何もないんだ。


「――私が完全に止められなかったから、君に迷惑をかけちゃって。それに、いろんな子たちにも」


 どこから声が聞こえる。聞いたことあるかもしれない。だけど、今は思い出せない。


「――君はどんな風になりたく、その子を作ったの?」

「どんな風に……」

「――君は自分自身の力で自分を作り出した。なら、その子の力を発揮できるのは君だけ」

「私は……」


 小さいころから絵を描くのが好きだった。いろんなことを表現できるし、目の前に見えるもの、頭の中で想像するもの、なんでもいい。無限に描ける気がした。でも、体力は有限で、時間も有限で、活動するためにはお金が必要で、いろんなことを考えていると、結局何かを得るための何かを描かなければならないと、どこか窮屈な気持ちになってしまう。

 でも、本当に何も考えず絵が描けるなら、それはきっととても幸せなことだろう。なんでも自由に描ける天真爛漫で純粋な存在。私は、この子にそんな夢を乗せて描いたのかもしれない。


「想像力が続く限り、私はどんな絵でも描きたい。それがこの子を描いた理由です」

「――とても素敵だね。側だけ与えられた中の人のロールプレイはいずれ崩れる。だけど、君なら、自分で作り出したその子と、君自身が大きな乖離していない君なら、きっと私よりも上手くやれる」


 暗黒の中に一筋の光が見えた。まるで夜に輝く小さな星明り。

 

「――掴んで。そして、自分のために、みんなのために、前へ進んでほしい」

「その先には何かがあるんですか?」

「――辛いことも、悲しいことも、嬉しいことも楽しいことも、みんな待っている。だけど、きっとそれは君にとってかけがえのないものとなるから、私みたいに失敗しないで……」


 声は聞こえなくなった。もう声が聞こえてくる気配はない。そんな気がした。

 私にできることは、この光を掴むことだけ。

 自然と手を伸ばす。熱も感じない今にも消えてしまいそうな光に、力強く手を伸ばして必死に掴もうとした。


「わからない。何にもわからないけど……だからって止まってられない。わからないならわからないなりに、愚直に、がむしゃらに、泥臭くても前へ進むんだ!!!」


 光を掴んだ時、自分の中の何かが弾けるような気がした。

 ずっと抑えつけていた何かが、解放された感覚。

 そうか、私はずっと、やりたいことを表に本気で出していなかったんだ。

 ひっそりとやっていくのも悪くはない。だけど、私はもっと輝きたい。自分の力で行けるところまで行きたい。ずっとだまし続けていた。それなりにいいって。言葉に出したことで、ついに解放されたんだ。


 光は拡散し、弾けていき、いくつもの星々が無数に散らばる宇宙のようになっていく。一番近くにあった星が大きくなり、ゲートが開いた。


「行かなきゃ」


 私はそのゲートへと進んだ。

 まだ見ぬ場所へ向かって歩を進める。

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