広がる異変

 刃さんは二人に目もくれず私を睨みながら走って来た。


「ちょっと白彩ちゃん、あいつを怒らせるようなことしたニャ!?」

「えっ、何にもしてないですよ!」

「いやぁ~、見た目はおちょくりそうなタイプだよ。むすび先輩と同じ雰囲気がするもん」

「見た目は活発な女の子に憧れただけで中身はコミュ障なんですよっ!」

「ってそんな話してる場合じゃないニャ!」


 刃さんは鋭い動きで木刀を振るった。そこには一切の迷いがなく完全に私を狙っていることがわかる。どうすればいいかわからない私だったが、スノウさんが目の前に出て氷の壁を出現させ木刀から守ってくれた。


「中の人的には他事務所だけど少しは事情を教えてくれたっていいでしょ」

「……」

「む、無視ですかッ! あーあ、スノウ傷ついちゃった。このままカチンコチンにしてあげるから!」


 氷の壁に触れている木刀を凍らせようとするがすぐに察知され下がってしまった。

 

「ちっ……。ネコマ先輩、やっちゃってくださいよ!」

「仕方ないニャ~」

「キャー! ネコマ先輩かっこいい!!」

「お前おだてりゃいいと思ってるニャだろ」

「後輩ちゃんが見てるんだからこういう時こそ決めてくださいよ~」

「いつもカッコ悪いみたいな言い方するニャよ」


 スノウさんにツッコミつつもネコマさんが指笛を吹くとどこからともなく猫っぽい顔の生物跳ねながら一斉に現れ木製の棍棒を持ってきた。この猫たちはブラックキャッツと言われるものでネコマさんの視聴者の愛称でありそれを具現化したもの。


「アンタたち! 隙を作りなさい!」


 意気揚々と指示を出すがブラックキャッツたちはものすごく嫌そうな表情で鳴き始めた。


「ご主人が行けって言ってるんだから行くの! ほら!」


 嫌々ブラックキャッツ達は刃さんのほうへと走り一斉にとびかかった。しかし、刃さんも設定の下では大会を優勝した剣道部員。有象無象に対してまったく動揺せず無駄のない動きで次々と突き飛ばしていった。

 ブラックキャッツの情けない声がこだまするが、その直後ネコマさんは棍棒を振りかぶりとびかかっていた。


「おらぁぁ!!!」


 ネコマさんはまったく慈悲のない全力で棍棒を振るった。鈍い音が周囲に広がり刃さんはその場に倒れる。さすがに剣道の達人と言えどファンタジー世界の住人の一撃は耐えられないだろう。


「ふぅ~~! すっきりすっきりニャ」

「白彩ちゃん、あれが先輩だよ。怖いでしょ」

「おめぇがやれってつったんだろニャ!!」

「いや、まさかそんなに本気とは思わなかったですよ。それ死んでません? 自首しましょうよ」

「こ、こいつ~~!」


 ネコマさんは恐る恐る近づき棍棒でつつくと意識はあった。すると、体に纏っていたどすぐろいオーラが空へと飛んでいき、顔色が元に戻っていく。


「うげぇ……。なんかへんなの出したニャ」


 ほどなくするとゆっくりと起き上がり後頭部の激痛に驚いていた。ふと、私たちのほうをみるとさっきのような怖い雰囲気はなく、配信で見た時と同じ姿だ。私たちが警戒しているのと、おそらく普段ネコマさんたちとあっていないからか刃さんはひどく驚いていた。


「あれ、なんで僕こんなとこに!?」

「アンタ、いきなり襲ってきてなんなのさ」

「僕が襲った? いやいや、そんなことしたら会長とかに何されるかわかったもんじゃないし、そもそもしないから」


 そのあともネコマさんとスノウさんの質問攻めにあうがここになぜ来たかも、自分が何をしていたかも思い出せないらしい。


「あっ、でも、なんか黒い何かに飲み込まれたのだけは覚えてる。会長の声がして振り向いたら黒いのが目の前にいて、気づいたらここって感じ」

「その黒いのってもしかして白彩ちゃんみたやつじゃないかニャ?」

「たぶんそうかもしれないです。あの、刃さん。もしかしてハレルヤにいました?」

「そうだよ。いつも通り下校してて気づいたらここに」


 黒い物体の正体はわからないままだけど、どうやら襲った対象を意思に反して操ることができるらしい。でも、会長こと亜歩露さんの声がしたってのは気になる。もしかして、助けようとして呼びかけたら足を止めてしまって結果的に襲われてしまったのだろうか。


「そういや、君見ない顔だね」

「あ、はじめまして。葛飾玖白彩です」

「僕は棟区刃。よろしく。もしかしてそちらさんの後輩か何か?」

「この子は現実世界から来ちゃったぽくてね。あたいらで助けてあげてるニャ。アンタも手伝いな」

「え、なんで僕が」

「襲って来た落とし前くらいは付けるニャ。あることないこと流布してもいいニャよ?」

「わ、わかったって。……サイバーライブはおっかねぇ」

「何か言ったかニャ?」

「な、なんでもないですっ!」


 こうして刃さんも同行し丘の先の町へ向かうことになった。しかし、丘を越えて町を見下ろすと謎の黒い物体が港のほうへと向かっていくのが見えた。


「先輩、あれってさっきのやつでしょ。てか、あの先って!」

「スカイのとこニャ! もしかしたらまた誰かに取りついて襲ってくるんじゃ」

「早く向かいましょう!」


 港に到着すると空船が海に停泊していた。

 何やら船からは物音と声が聞こえてくる。

 桟橋で船に上がってみると、そこには見たことのない表情で暴れるスカイさんの姿があった。私は配信上の2Dや3Dの姿だけしか見たことないけど、それでもいつもと違うことくらいわかる。それに、ネコマさんやスノウさんが驚きのあまり言葉を失っている。


「え、あれってそっちの人でしょ。あんなに凶暴なわけ?」

「んなわけねぇニャ! どうしちまったんだよ……」

「スカイ先輩! 何をしてるんですか」

「……」


 スノウさんが声をかけても一切の返事はなく、私をじっと見つめる。いや、睨んでいた。さっきの刃さん同様に謎のどす黒いオーラを纏い、表情はとても険しい。


「俺らじゃ歯が立ちません。みなさんで船長を止めてくれませんか!」

「まぁ、できなくはないニャだけど」

「手荒な真似はしたくないですよね」

「いやいや、どこの口が言ってんだって話でしょ」

「何か言ったニャか?」

「はい、すみませんでしたー。僕こっちの人たちにもこんな扱いなわけね……」


 被害が広がる前にスカイさんをここで元に戻すことになり、ネコマさんは再び棍棒を、スノウさんは手に氷魔法を纏わせスカイさんと対峙した。友人であり仲間である以上こんな風には戦いたくないはずだ。私のせいで嫌なことさせてしまっている。そう思うと心苦しい。


「この前散々UNOで勝ちやがったからここでやり返すニャ」

「私もゲームでぼこぼこにされたんで手伝いますよ」


 なんか思ってたのは違うみたい……。

 ここまで来てふと気づいたけど、イマジナリーエグジスタンスとしてのネコマさんたちは設定に準拠した力をもっている。Vtuberとしての配信においてはあくまでフレーバーであり、それが配信に影響することはあまりない。強いて言えば年齢設定や語尾、質問に対してアドリブで答える際に使用する程度。

 サイバーライブはアナザー世界の展開をしているためアニメーションなどで力を使う様子は見ることができる。

 おそらく作られた際に設定が強く現れることが、中の人との大きな違いだろう。

 ということは私にも何かしら力のようなものがあるのかもしれない。いや、それは考えすぎかな。


 そうこうしている内にネコマさんたちはスカイさんと対峙していた。スカイさんは左手に構えた銃でけん制しカットラスを振り回す。その動きはとても俊敏で目で追うのがやっとだ。

 すると、刃さんが問いかけてきた。


「スカイさんってずっと君のこと睨んでるけど何かしたの?」

「何もしてないですよ。私が来てから刃さんも含めてあの黒いの取り込まれるとああなっちゃうみたいで」

「そっか、恨まれてわけじゃないわけね。いや、だってさ。サイバーライブの子たちも中々にやばいけど、僕のとこの女性陣もだいたいヤバいからさ」

「それに関しては配信を見ているのでとてもよく理解しています」

「雑談してねぇでちょっとは手伝えニャ! こいついつもよりパワーアップしてて抑えきれねぇニャよ」


 何かしなきゃと思って私が数歩前に出た瞬間、スノウさんが直線状に立っていてスカイさんの視界を妨げていたのがなくなり、スカイさんは銃を取り出し私へと撃った。いまの私にはどうすることもできずただ立ち尽くすのみ。

 その時、刃さんが木刀を取り出し弾丸を弾いた。


「あっぶねぇ!」

「あ、ありがとうございます。私全然動けませんでした」

「僕だってギリ反応できただけだから」


 スカイさんが私に攻撃した隙を二人は見逃さずに一気に仕掛けた。スノウさんがスカイさんの足にヘッドスライディング気味でとびかかり足首を掴む。


「いまですっ!」

「オッケーニャ!」


 スノウさんの合図でネコマさんは棍棒を振りかぶりスカイさんの頭を狙う。


「オラァ!!」


 積年の恨みを込めたような一撃は綺麗に直撃し、スカイさんはその場にうつぶせで倒れた。すると、刃さんの時と同様に黒いオーラが宙へ飛んでいく。ほどなくしてスカイさんが起き上がると、やはり同様に自分が何をしていたかわからない様子だ。


「あれ、あたしってば何してたの?」

「アンタ、船員たちが止めるのを無視して暴れまわってたニャよ」

「えっ、マジで? まるで酒乱じゃん。スノウを馬鹿にできないわ~」

「ちょっとどういうことですかスカイ先輩!」


 無事にスカイさんを元に戻すことができてよかった。なんでかはわからないけど強烈な一撃で倒すと元に戻すことができるらしい。いまだ謎だらけだけど、これでミーアさんのところに行ける。でも、そこで何もわからなかったらどうしよう。不安は募るばかりだ。


「いやいやぁ~、さっきはごめんね。私撃っちゃったんでしょ」

「刃さんが守ってくれたので大丈夫ですよ」

「ひゃあ~、お姫様ムーブじゃん。あたし天駆スカイね。よろしく」

「葛飾玖白彩です。新人ですがよろしくおねがいします」

「この世界じゃ新人も古参も大して気にしなくていいって。で、ミーアんとこ行くんでしょ。もうちょいで船の補修が終わるから待ってて」

「何かあったニャ?」

「それがさ――」


 スカイさんはここに来る道中、いや空中というべきか。謎の黒い球体と遭遇したという。それは雲の上にあってまるで黒い太陽のごとくそこに佇んでいたらしく、何かを見つけると急に移動してしまったという。その際に球体とぶつかり船が少し損傷したらしい。


「まぁ、大して傷ついてないからチェックと軽い修理が終わればすぐ飛べるよ」

「それならいいニャだけど。にしてもスカイは白彩ちゃんのこと何かわからないニャ?」

「正直全然検討がつかないね。あたしたちが存在し始めてそんなに時間は経ってないし、それに噂話程度に前に異変があったことは知ってる。でも、記録が残ってるかどうか」

「どういうことニャ?」

「あたしが聞いた話だと、以前中の人がイマジナリーエグジスタンスと一体化した時、その身をなげうってすべてを終わらせたって。詳しいことはわからないよ。でも、結構ヤバいことだったみたいで、現実世界に伝わらないように電脳世界自体がその記録を消したかもしれないって」


 もしそれが本当なら私は元の世界に戻れないかもしれない。

 そもそも電脳世界自体がってのもよくわからない。この世界自体に意思のようなものがあるのだろうか。


「そういやなんでハレルヤの人がこっちにいるのさ」

「僕もよくわからなくて。ゲートで戻ろうとしてるんだけど、戻るどころか別エリアの人に連絡さえ取れない」


 ネコマさんたちはそれぞれデバイスを確認してみたがどうやらそれは本当らしい。


「とりあえずミーアには連絡付けたけど時乃先輩やナノさんとは連絡が取れないみたい」

「この世界に一体何が起こってるんだニャ……」


 この世界にとんでもない異変が広がりつつあった。



 

 

 


 

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