ファンタジーの世界

 私たちだけではダークマターと呼ばれるあの存在をどうにかすることはできない。いろんなエリアが電脳世界にはあるけどこのハレルヤにはファンタジックな力を使える人はいない。

 ダークマターのことも一切わからない以上、この状況を見ているしかなかった。


 二人に連れられハレルヤを見渡せる場所まで来ると町から煙が上がっているのが鮮明に見えた。


「このままじゃハレルヤが……」


 時乃さんも亜歩露さんもじっとその様子を眺めていた。だが、驚いているというよりは、まるで事前にこれを知っていたかのような雰囲気だ。


「噂程度に流れた話がある。かつてこの世界にダークマターが現れ、中の人をおいかけすべてを飲み込んでいったと」

「でも、この世界はここにあるじゃないですか」

「私もどうやってその事態を納めたかまでは知らないけど、中の人の決断でこの世界は元通りに戻ったらしいわ」

「あれはおそらく白彩ちゃんにたどり着くまでとまらないよ。でも、場所まで正確に把握できてないみたい」


 二人は顔を見合わせ小さくうなずくとAXISを取り出し操作した。すると、目の前には渦を巻くゲートが現れた。


「白彩ちゃんは別のエリアに逃げて」

「でも、二人は!」

「私たちはぎりぎりまで何かできないか調べてみますわ」

「私たちのことは心配しないで。いまから行くエリアには私の友達がいる。その子たちを探し出してこのことを伝えて。それと、このAXISを持っていって。向こうでほかの子と繋がるのに使えるから」


 時乃さんは笑顔でそう言ってくれた。亜歩露さんも微笑むように私のことを見つめている。二人だってこんな状況で動揺していないわけがない。なのに、急にやってきた私のために、自分たちが住む場所を守るために頑張ろうとしている。今は私にできることは一つだけ。この事態を早急に終わらせること。


「わかりました。時乃さん、亜歩露さん、また会えますよね」

「うん。次はもっとゆっくりお話ししようね」

「次は私の生徒会長としてのかっこいい姿見せてあげますわ」


 私は、二人を置いてゲートへと飛んだ。


 ゲートに入るとまるで渦巻きの中のような空間が広がる。その中を飛んでいると目の前に光が現れた。その光が全身を包みこみ、次に目を開けた瞬間には草原が視界いっぱいに広がるエリア。渡されたAXISを見てみるとここがファンタジーエリアであることがわかる。


「ファンタジー……。ここにはどんな人たちが」


 すると、後ろから女の子の声が聞こえた。


「そこの人ッ!! 避けろニャァァァーー!!!」

「えっ?」


 後ろからは大きな雪の球が迫って来た。その中には猫耳の少女が全力で叫んでいる。私は咄嗟に避けて雪の球が向かっていった方向を見ると、岩にぶつかって球は壊れた。


「あ、あいつ……無茶苦茶ニャ……」

「黒い猫耳にその喋り方……。もしかして黒月くろつきネコマさんですか?」

「あ、あたいのことを知っているニャ?」


 ネコマさんは軽く起き上がり服をパッパッと叩くとこっちじーっと見た。琥珀のような色をした瞳にうねる尻尾。間違いない。

 黒月ネコマさんは時乃さんと同じ事務所のサードメンバーで、みんな初期設定の語尾を捨てていく中、語尾を捨てずしっかりと役作りをしている人だ。キャラの設定は皆既月食中の月からやってきた月の使者。猫なのに自由気ままというよりはサードメンバーのリーダー的ポジションとして何かあった時は表に立つ。


「あ、あの。私、時乃さん言われてここに来たんです」

「時ちゃんに? 一体どうしたニャ」

「あの、ハレルヤで――」


 私はネコマさんに出会えた興奮を抑えつつもハレルヤで起きた出来事を説明した。ネコマさんは岩に座ると考え始める。


「じゃあ、アンタは中の人がイマジナリーエグジスタンスに憑依した存在で、なぜかアンタを飲み込もうとして黒い球が現れたってわけだね」

「そうなんです」

「じゃあ、アンタを消せば済むニャね」

「えっ?」


 ネコマさんが私を見る目はまるで得物を狩るトラのように鋭いものだった。思っていた反応と違い私は動揺を隠せず足が硬直した。


「な~んて冗談ニャ。アンタ騙されやすいでしょ。だめだよ、世の中には悪い大人がたくさんいるんだからニャ」

「び、びっくりしました……」


 すると、雪の球が飛んできた方向から雪のような白い髪を揺らした少女が駆け足でやってくる。


「先輩ったら相変わらず面白い悲鳴を上げますよね」

「アンタ! ちょっとは加減しろニャ! あんなの受け止められるわけないでしょうが!」

「だって、先輩が力比べしたいっていうから。ってその子誰ですか? もしかしらスノウったら知らない人巻き込んだ感じ!?」


 この人のことも知っている。白雪スノウ。雪の精霊でありながら寒いのが苦手という設定のVtuberだ。中の人がお酒好きでファンからは寒さを紛らわせるためにお酒を飲むという二次設定が追加されている。

 スノウさんにもさっき起きたことを話した。


「えー!? 時乃先輩大丈夫なんですか」

「心配しないでとは言ってくれましたけど、あのあとどうなったかは……」

「ハレルヤにアクセスできないみたいニャね。アンタの言う通り何か異常が発生してるのは確か見たいだけど、あたいらは何にもわからないニャ」

「そうだ、先輩! ミーア姫のとこに行ってみましょうよ。あそこなら本がいっぱいあるし何かわかるかもしれませんよ」

「確かにあいつは見た目によらず本好きだからあり得るかもしれないニャ」


 ミーア姫、おそらくそれも私が知っている人だろう。

 まだこの世界に来て差ほど時間は経っていないが。それでも徐々にこの世界に慣れてきている自分がいた。今でも動揺はしているけど、こうやって協力してくれるのはありがたい。

 

 ファンタジーエリアというだけはあり、空には見たことのない生物が空を舞い、草花も現実世界のものとは大きく異なるものがたまに見える。澄んだ空気や柔らかな風を感じると、まるで現実世界と遜色ないように思えるがここは電脳世界。

 でも、これだけ広大で体に伝わる感覚まで同じならここに存在しているものは生きていると言ってもなんらおかしくない。

 

「あっ、重要なこと忘れてたニャ。アンタ名前なんて言うの?」

「葛飾玖白彩です」

「なんだか不思議な名前ニャ」

「いやいや、先輩が言えたことではないし、私たち全体的に不思議な名前多いじゃないですか」

「それ言ったら元も子もないでしょうニャ」

 

 いまだに目の前に続くのは広大な大自然。

 ふと、私は思った。この電脳世界と現実世界の時間の進み方に違いはあるのかということだ。仮にこの世界と現実世界が同じように時間が進むなら私はここに一時間程度滞在したことになる。寝落ちしてからどのタイミングで来たかまではわからないけど、もし同じなら向こうの私の体はどうなるんだろう。


 二人のそのことを聞いてみたがわからないらしい。まぁ、それはそうだろう。だって、私たちがネットを閲覧している時、時間の概念はあくまで人間が作り出したものを基準としている。

 だけど、サイトにアクセスする時は環境によって瞬時に繋がることもある。もしかしたら現実世界の何倍もの速さでいまこの瞬間を過ごしているのかもしれないと考えることもできる。


「てか、ミーア姫の城ってあとどのくらいニャ?」

「えっと、この前スノウが言った時はエンジェに全力で飛んでもらったらすぐだったけど」

「相変わらず酷なことさせるニャ……。でも、エンジェの全力ってとんでもなく早いわけでしょ。だったら歩いてたら途方ないニャ」

「たぶん日が暮れますね~」

「だったら最初からいえニャ!」


 どうやらこのままのペースで行くと夜になってしまうという。現実世界との時間関係がわからない以上それはまずい。でも、この世界のことを知らない私には提案を出すことはできない。


 ……いや、待てよ。ハレルヤに亜歩露さんがいたりスノウさんがネコマさんと一緒にいることを考えると、ある程度近い種族や属性持ちの人は同じ世界にいるのかもしれない。


 時乃さんと亜歩露さんは学生という属性が同じ。ネコマさんとスノウさんはファンタジー的設定をもっている属性が共通している。


 それに、ネコマさん含むサードメンバーは全員が共通世界からやってきたという設定の存在。だったら足はないことはない。


「あの、スカイさんを呼べれば簡単に行けるんじゃないんですか?」

「アンタ詳しいニャね。確かにあいつなら空船もってるし歩くより速い。ちょっと連絡してみるニャ」


 私が提案したのは天駆あまかけスカイさんを呼ぶことで空から一気に目的地まで連れて行ってもらおうとした。スカイさんは空の治安を守る青雲防衛団の船長。Vtuberとしてはネコマさんと同期であり漫才のような掛け合いをよく見る。

 ネコマさんは電脳デバイスAXISを取り出しスカイさんに連絡をとった。どうやらスカイさんはここから三十分ほど歩いたところにある町で停泊中らしい。


「ひとまず町までは足で行くしかないニャ」

「この先の丘を越えたらすぐ見えるはずですよ」


 右も左もわからない世界だけど私は考えることをやめにした。いま目の前にいるネコマさんやスノウさん、見えないところですでに近くにいたスカイさん。私を助けてくれた時乃さんや亜歩露さんたち。例えそれが電脳世界の仕組みとしてそういう風に動いていたとしてもそれを知る手段など今の私にはないし、そんなことは現実世界でも言えることだ。


 今の私はこの世界のすべてが現実と大差ない。私たち人間だって、実はさらなる大きなコンピューターのシステムの一部かもしれない。だけど、そんなことはどうでもよく、今私がここにいて、いろんな人たちが周りにいて、こうやって自然に会話をして、驚いたり喜んだりできるのなら、それは現実でも電脳でも関係ないだろう。


 この丘を越えれば町が見える。

 だが、丘の上には謎の黒い人影が立っていた。


「あれは何ニャ……?」


 その人影は制服に身を包んだ男性だ。背には竹刀袋を背負っている。体には黒い電気のようなものを帯びており異彩を放っていた。ゆったりと竹刀袋から取り出されたのは竹刀ではなく木刀。袋を投げ捨て構えると、突如として私たちに向かって来た。


「先輩、穏やかじゃないみたいですよ」

「これも白彩ちゃんが言ってた異変の影響かニャ」

「あの、あれって棟区むねまちやいばさんじゃ……」

「誰ニャ?」

「みなさんの中の人が所属している事務所と二大巨頭を成すPM《ピーエム》AM《エーエム》の中でも屈指の人気を誇るVtuberですよ」


 なぜこの場所にいるかも、なぜこちらを睨んでいるかもわからない。ただ、私ではない。を睨んでいることは確かだった。

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