第35話

 パイア肉のライブキッチンは、婦人たちの参加で礼治郎の負担が一気に減ると、〈聖母の丘〉に退避した子供たちの情報を求めた。

 子供たちの母親は婦人たちの中にもいた。子供たちが無事だと知らせると、母親たちは歓喜し、この情報を拡散しようと動き出す。

 赤日町には27人の子供たちの親がおり、礼治郎の周りに集結した。

 そこで礼治郎はタブレットPCを取り出し、ビデオレターを見せる。すると、母親たちは感激し残らず涙した。


「あんたらがうちの子を助けてくれたんだね! ありがとう! 嬉しい――生きていてくれたんだね!」


「どんな目にあっているのかと思ったら……こんな満面の笑顔で――親の心子知らずだよ。ともかくあんたには感謝しかないよ」


「本当にありがとうございます。それにしても、町を出た時よりふっくらして……もう心配して損した気持ちですよ」


 親たちは〈聖母の丘〉に滞在する自分の子供の無事を知り、礼治郎に口々に感謝を述べた。

 そしてほとんどが礼治郎の肉の配布を手伝っていく。ある者は肉を焼き、ある者は肉を切り、ある者は焼けた肉を配った。

 パイア肉の配布会は3時間に及び、700人の手に渡る。さらにパイアの生肉が4トン分、配られたのであった。

 4リットルの焼酎ボトルが30本消費されて、ようやくライブキッチンは終了にいたる。

 終わるとすぐに礼治郎はイザベローズに頭を下げた。


「イザベローズさん、ありがとうございます。皇女なのにわたしの勝手な思いつきにつきあっていただいて!」


 さすがに疲労の色を浮かべたイザベローズであったが、表情を引き締めほほ笑む。


「いいえ、これぐらいなんでもないでございます。しかし――これは本当にただの思いつきでやられたのですか?」


「はい――一応『子供たちの親がいる町についたらこうしたい』『パイアが食べられるというチラシを配りたい』というプランは頭の中にはあったのですけど、即興に近いですね!」


 照れ笑いをする異世界転移者に皇女は目を丸くしながら語る。


「レイジローの周囲から、暖かく安らぐような〈予知〉を感じ取れるのですが――レイジローはやはり只者ではございませんですわ。帝国では見たことがない人物ですの」


「それって褒めてます?」


「無論でございます! 賢者は往々に冷酷で計算高いもの。ですがレイジローは冴えわたる才覚の持ち主であるのに、愚者のようにお人よしであるのですから」


「やっぱり褒めてない! それはそうとパイアの肉を食べるとか嫌がらずに協力してくれて、感謝しかないです」


 そういう礼次郎にムスッとしたテンジンが歩み寄る。


「オドレの道楽はまあええとして今晩はどうするつもりじゃ!! 野っぱらで寝るつもりか?」


「一応考えがあります。この町には泊まらない予定です」


 と礼治郎がいうとイザベローズが浅く左膝を折る。


「わたくしは野営・野宿の訓練も受けておりますので、必ず役立つとお約束するでございます」


 皇女であるイザベローズだが、従者として機敏に有能に振る舞う。

 結局アックワ帝国の中でイザベローズだけ、記憶が消されなかったのだ。

 イザベローズを供する者として認めたのはヴァラステウスとナフィードである。天職〈舞姫〉で〈予知〉持ちは使えると審査していたのだ。

 イザベローズを連れることでいらないイベントが発生しそうだったが、礼治郎はもうとやかくいうのを止めた。

 イザベローズが優秀であることは否定できないのだから。

 野営を率先して行おうとするイザベローズを礼治郎は制す。


「いいや、ちょっと別のことを考えているんです」


 そういって、礼治郎は赤日町以外のラプトルの人質だった41名を見た。誰もが肉体的にも精神的にも疲労困憊しているのはわかりきっていた。

 ヴァラステウスが礼治郎に歩み寄る。


「我ら人外がこの町に留まるのもこの町にとっては不安材料であろう。先を急ぐにはそれがしも賛成でござる」


 礼治郎はヴァラステウス、ナフィード、テンジンを同時に視界に入れてほほ笑む。


「ええ。それに皆さんにも今日の恩返しをしたいですし。今日は色々なことがあり過ぎました」


 そのほほ笑みの意味を3王は理解しなかった。だが、恩返しと聞いて今日またコンビニエンスストアで買い物ができる可能性を覚え、頬が緩んだ。




 赤日町を離れて1時間、再び荒野を礼治郎たち一行は進んだ。

 人家のまるでない場所で礼治郎はふと足を止める。


「では〈支店召喚〉を使います!」


 そういい、〈ラッキースター〉を呼び出し、設置した。

 だが礼治郎の動きはそれだけに留まらず〈支店召喚〉をさらに行使する。


「もう一つ、行きます! こい〈大平イン〉!!」


 再びの〈支店召喚〉で設置したのは〈大平イン〉だった。礼治郎の祖父が作った旅館チェーンである。

 〈ラッキースター〉は呼び出すのに一日で魔力が200必要だったが、〈大平イン〉は一日で50であった。

 見た目は簡素なコンクリート製の3階建ての建物でエレベーターもない宿泊施設だ。

 シングルルームが10部屋、ツインルームが12部屋、最大6人泊まれる日本間が6部屋あり、礼治郎ら45名が泊まれるキャパシティーがある。

 部屋にはすべてトイレルームとシャワールームがついている。エアコンとテレビとミニ冷蔵庫、テーブルが常備してある。

 食堂も一度に50人が利用できるサイズで、朝7時から夜7時まで食事がとれる。時間内であれば、ラーメン・うどん・玉子丼・チャーハン・納豆定食が食べられた。

 小さいながらも遊戯室もあり、卓球テーブルが一つと、将棋盤と囲碁盤が一つずつあった。家庭用ゲーム機も無料で貸し出し可能で、10台ほどストックがある。

 一番の売りが、温泉で男女ともに一度にそれぞれ15人が入れる大きさで、湯治目的で連泊する者も少なくない。湯治客がいることもあり洗濯機も客に開放している。

 現実世界で大平インはそこそこの固定客を獲得していたが、地方の過疎化に負ける形で事業を終えていた。

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