第34話

 1時間するとようやく3王は礼治郎の元に帰ってきた。当然のように200名近い人々を連れて来ていた。年齢は様々だったが老人はいない。

 子供以外はほぼ全員表情を恐怖に歪ませている。魔獣から解放されたとはいえ、次は得体のしれない強烈な3人の怪人に身柄を拘束されたのだから、無理もない。


「少々時間を使ってしまいあいすまぬ。恐慌状態の者が多くてな、処置に時間がかかった」


 というヴァラステウスを補足してナフィードが口を開く。


「あとはテンジンがベヒモスと共にたっぷりラプトルに憂さ晴らしをしたのである。まさか全滅寸前まで追い込むとは思いもしなかったのである」


 礼治郎はテンジンを見ると、妙にすっきりした顔をしているのに気づいた。〈若返り〉をさせた失敗を思い知らせるような満面の笑みだった。

 ヴァラステウスは憔悴した救出者たちを眺め、いう。


「この者たちのほとんどはここから徒歩で4時間と離れていない町の出のようでござる。なので空腹を補ったら早速出立するのが吉であろう」


 それからナフィードは礼治郎に近づくと、その足元にゴルフボール大の魔石を200個近く落とした。


「まさか一匹一匹取り出すわけにもいかなかったので、ラプトルの魔石は魔法で強引に抉り出したのである。また吾が輩の〈保管空間インベントリ〉に魔石が入ったままのラプトルの死体が250体ほど入っているのである」


「ありがとうございます! 助かります」


 なんであれ魔石を大量にゲットできることは〈支店召喚〉を継続するのに大きくプラスになる。3王は魔石・財宝を集めるのには非常に協力的だ。コンビニでの飲み食いを楽しみにしている3王は。何としても目標月間売上高を達成させようという気概があった。

 ナフィードはそんな礼治郎に柔らかくほほ笑むが、すぐに表情を引き締め、バーングライら帝国の者を見る。


「では――帝国の者たちの記憶を消してから出発するのである。まさかにもここで起きたことを憶えてもらってはならないのである!」


 ナフィードの冷酷な判断にイザベローズを含む帝国の人間全員は震えあがった。

 礼治郎はナフィードにイザベローズを除外するようには特に口にしない。人質だった人達に〈保管空間インベントリ〉から出したパンとハムと水を配布することに集中した。



 

 ラプトルの人質であった人たちが赤日町についたのは凡そ夜7時だった。

 赤日町は平野にざっと600軒が立ち並ぶ集落といった感じで、人口は数千人に達するという。

 主に木造家屋が多い赤日町は5分の1ほど半壊しているという話だったが、人質の帰還に大いに盛り上がった。

 3王の異形に面食らう者も多かったが、素直に助けてくれたことを感謝する流れとなっていく。

 ラプトル強襲で供給網が寸断し、食糧不足だった赤日町に礼治郎は持てるだけのパンを放出すると、一気に歓迎ムードが高まる。


「よし! 景気づけをぶちかますか!」


 気を読んだ礼治郎はライブキッチンを強行することにした。

 町の中心地で石を並べ、中に炭を置いて。ライターと雑誌で火種を作る。

 炭に火が付くと、石の上に金網を並べ、焼酎・麺つゆ・生姜・砂糖に付け込んだパイアの肉をガンガン焼いていく。

 それは沖縄料理のラフテーの亜流の料理である。本来、ラフテーは一度煮こぼしたり、カツオ出汁で煮るなどの工程があるが、簡易化させて仕込んでいたのだ。

 ただし肉は皮のついたバラ肉・三枚肉にカットし、濃厚で口で溶けるような食感を出すように心がけている。高温にさらされた皮はねっとりとしたゼラチン感独特の口当たりとなって、旨さを増すのだ。


「皆さん、よかったら食べてください! 近くの大東森地方で取れる魔獣パイアのお肉です! 正しく解体すれば、魔獣も美味しく食べられるんです! 正しく解体をしたお肉を是非試してください」


 礼治郎の思惑はこうだ。魔獣ラプトルに襲われ滅茶苦茶にされた町の人々が、魔獣の肉の味を知れば魔獣を捕まえ、食べようという気力がわくのではないかと思ったのだ。

 誰もかれもが魔獣の脅威に沈んでいるがライブキッチンで元気になれれば、ラプトルらと戦う気持ちも沸くのではないかと期待した。

 どんどん焼きあがるパイアの肉・なんちゃってラフテーが出来上がっていく。

 だが村の人々は紙皿に乗ったラフテーに手を伸ばさない状況が続く。

 町の人々は恐れるように遠巻きに礼治郎を見つめるだけだった。

 3王に救われた者達も反応が悪い。魔獣から助けてくれたとはいえ、突然、町の広場で肉を焼き始めた礼治郎に戸惑うばかりだった。


「まあ、そういう反応になるのは予想していたよ。『得体の知れない奴の料理なんか食えるか。しかも魔獣の肉だぜ?』ってね……」


 だが礼治郎には秘策が2つあった。

 それを一つ実行に移す。礼治郎は目配せをする。

 4ℓペットボトルからプラスチックのコップに、25度の焼酎を半分注ぎ、そこに更に水を足したものを手にしたイザベローズが叫ぶ。


「お酒もあるのでございます! お肉を食べた方にもれなく差し上げますでございます!」


 それを聞き、わっと礼治郎を囲む人の数が増える。主に男性が食いついた。

 だが、まだ肉に手を出す者はいない。

 そこで最後の作戦に出る。紙の皿に乗った、焼いたパイア肉をイザベローズがプラスチックのフォークで刺して、口に運んでガブリと食べる。

 歯で肉を噛みちぎり、咀嚼して、音を立てて飲み込む。

 直後に満面の笑みでイザベローズが大きな声を出す。


「魔獣の肉がこんなに美味しいなんて驚きでございます! これならばいくらでも食べられるでございます」


 それを皮切りに人が一斉に動く。


「俺にくれ!」


「俺もだ! 肉なんかずっと食ってなかったからよ」


「こっちは家族だから4人前くれ!」


 殺到する人々にイザベローズと礼治郎が対応する。礼治郎は〈加速〉〈身体調整〉〈身体強化〉を使い、調理と給仕を同時にこなしていく。

 豚の焼き肉を口にした者から感嘆の声が漏れる。


「な、なんだ、これ! これが魔獣の肉かよ。滅茶苦茶美味いぞ!」


「調理の仕方で食えるのか! これはパイアを捕えない手はないな。もしやラプトルも食える?」


「この透明な酒に、肉が凄く合うな! こんなご馳走初めてだぞ!」


 熱い感想にパイアの焼き肉を求める人が後を絶たなくなってくる。

 九州・沖縄などで焼酎と豚肉の組み合わせは絶大な人気がある。塩辛く濃厚な脂を伴う肉を口にした後に流し込む焼酎は、抜群の清涼感を伴うとされていた。

 イザベローズと礼治郎が八面六臂の対応で、焼き肉を捌くが、配布を待つ人の数は増える一方になる。

 すると見かねた婦人が15人ほど加勢に加わり出す。


「見ていられないよ! この町のために親切にしてくれる人をないがしろにするなんて、わたしはごめんだよ」


「恐れ入るでございます。ご助力感謝します!」


 町の婦人たちの助力で手が空いたイザベローズは次に、パイアの仕留め方と解体方法を図解入りで記したコピー用紙を配り出す。


「ここにパイアの倒し方や食材にする方法が記された紙がございます。是非に受け取って欲しいでございます!」


 コピー用紙には、クリキ公国兵のスピリオらが監修した、西共用語とイラストで「パイアを食肉にする全て」がコピーされていた。礼治郎がまとめた読み物である。

 簡潔でわかりやすい読み物に目を通した者たちは次々と感嘆の声を漏らした。

 魔獣に蹂躙された者たちが、「パイアを食肉にする全て」を熱気を伴う目で読んでいるように、礼治郎には感じられたのだった。

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