第33話

 思案していると、礼治郎は目の前にナフィードとヴァラステウスがいるのに気づく。

 ナフィードはテンジンにいう。


「テンジン、ベヒモスをまだ帰してはならないのである。隷属紋をつけられている気配がするから、消すべきなのである」


「ちっ! わーっとるわい。お、待てベヒモス」


 次にナフィードは西の方を向きながら礼治郎に語る。


「ラプトル達が所有する人間を取り返して欲しいのであろう? それは構わぬが、迅速に多くのことをやってのけなくてはならないのである。そこでまさかと思うだろうが貴殿はここで待っていて欲しいのである」


 ヴァラステウスも同意を示す。


「レイジローの指示を仰ぐ時間はありもうさん。そこで拙者とナフィードで簡潔に成し遂げたい。無論、ラプトルを丁寧に殺す暇はござらぬ」


「えっ? 救出をやっていただけるんですか!」


 礼治郎は素早い魔王と妖精王の決断にただただ驚くだけだった。

 思わぬ提案に嬉しくなるが、切実な事実にも気づく。

 人質救出作戦に自分はいらないのだと理解した。

 これまでに自分が戦闘などに不向きであると礼治郎は思い知らされている。

 人が傷つけられると冷静ではなくなり、集団戦闘になるとまるっきり状況を把握できず、硬直するばかりだ。

 間違いが許されない的確な判断を、連続して求められる現状は、完全にキャパシティーを超えている。

 3王に甘えることが危険であることはわかっているが、ここは委ねるしかないと思う。

 礼治郎は頭を下げてお願いする。


「どうか人質になっている方々を助けてあげてください」


 礼治郎の願いをナフィード達は頷きで返し、一気に飛翔する。

 緩やかだが確実な軌跡を描き、西に向かってナフィードとヴァラステウスが移動していく。その後を、少し遅れてベヒモスに跨ったテンジンが追いかける。



 待つしかない礼治郎だったが、平静ではいられない。

 5分して自分のすべきことをしようと思い至る。

 ノートを取り出しペンで地図をざっと描く。

 そして帝国の元奴隷たちに向かい、出発を促す。


「皆さんは〈聖母の丘〉を目指して出発してください。地図はこれです。太陽を参考に方角を確認してくださいね。それでも迷ったらこのコンパスという道具を使ってください。この淵に描いた赤い点を目指してください」


「はあ、了解しました! レイジロー、本当にお世話になりました」


 元7971であった男性は大きく声を上げると、すぐに仲間をまとめ、もらった荷物を持って移動を開始する。もはやこの戦場にいる必要がないとわかった元奴隷たちに迷いはない。

 道しるべは礼治郎が描いた地図とコンパスだ。

 堂々と、そして軽快に奴隷たちが去っていくのをアックワ帝国の者たちが黙って見続けた。

 自分たちの戦力を軽く凌駕する存在の意志に逆らう気力はもはやない。

 礼治郎の周りにはアックワ帝国の者しかいなくなったが、剣呑な雰囲気にはならない。

 だが、数名の帝国の者がコソコソと会話をしているのが耳に入る。


「宮廷魔術師副長、やはり〈転移〉の巻物も、宝珠も使えません!」


「そうか……わたしも本国への〈念会話〉を試みているが、一回も成功しない。〈探知〉を使っても魔法無効範囲がどこまで広いのかも見当がつかん」


「宮廷魔術師副長であっても無理ですか……誰か一人だけでも、状況を知らせるためにこの場を離脱するべきでは?」


「無理だ、手段がない……。しかも皇女様を置き去りに行動すれば、問答無用で極刑だ」


「あの化け物たちがいない今こそ逃走する好機なのですが……我らは皇女様が死んだ時点で完全敗北は確定してしまいます」


「皇女を含め、我々全員を殺すなど10秒も掛かるまい……。糞、聞いたこともない怪物が3匹もいるとは一体全体どうなってやがる!」


 決死の思いが伝わってくるが、礼治郎は帝国の者に同情はしない。それどころか、何かあれば殴ってやりたいとも考えている。

 礼治郎は根拠はなかったが3王がいなくても、帝国の者たちならば何とかできるような気がしていた。

 もちろん自分が3王の威を借りているだけとわかっているが、奴隷を実験に使う連中には本気で対抗する戦意がある。


「おっとあれを回収しておこう!」


 そういうと礼治郎はグリフォンの遺体に歩み寄る。そして近くで〈保管空間インベントリ〉に一息で叩きこんだ。

 これだけでも帝国の人間には脅威に映り、驚きの声を漏らす。

 するとイザベローズが礼治郎に膝を折って、頭を下げる。


「レイジロー、ナフィード様たちが戻られればわたくし達の記憶は消されるでしょう。ですが、憶えていて欲しいのは、わたくしは役に立つ女であるということでございます。いかなる要求にも応えますし、豊富な提案、助力ができると断言できるでございます!」


 皇女が頭を下げたことで帝国の者達がわく。だが止めようとする者はいない。

 いろいろ策謀を巡らせているのは分かったが、礼治郎はイザベローズが必要以上に自分にへりくだる意味がわからない。そこを聞いてみることにした。


「イザベローズさん、なぜそこまでわたしに着いてきたいのかまったく理由がわかりません。あなたなら記憶が消されることはあっても殺されることはないと理解しているでしょう?」


 するとイザベローズは礼治郎にだけ届くだけの音量で語り出す。


「実はわたくし、次期皇帝候補に数えられており、実質、有能さでは一番で皇帝に押し上げられる可能性が非常に高いのでございます。わたくしが皇帝になるには姉妹を3人、有力貴族を4人謀殺せねばならないのでございます。それをなさなければわたくしが誰かに殺されます。そのような人生ならば、レイジロー様の小間使いとして生きる方が遥かに有意義に思うでございます!」


 礼治郎は聴いて後悔した。皇女イザベローズの考え方は非常に身につまされるモノであったからだ。自分が同じ立場ならば逃げ出す機会を同じようにうかがっていただろうと想像できた。

もちろんイザベローズの云ったことの真偽はわからなかったが、礼治郎自身は信じてもいいと思った。

 皇女の瞳には重く悲しい光が宿っているように映る。

 イザベローズは付け加えるように、ささやくように言う。


「あとわたくしの〈天職〉は〈舞姫〉で、〈予知〉が使えるでございます。これは父と教皇、姉しか知らないことでございます。この〈予知〉、レイジローにとって必ず役に立つものだとお約束するのでございます」


 重要なことを言ってくれたのはわかったが、礼治郎にはどう受け止めていいのかが不明だった。

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