第31話
正直今、3王から感じ取れる魔力は非常に薄い。疑問に思い、考え込んでいるとテンジンに声を掛けられる。
「ぐいぐい大魔獣が近づいてきとるでぇ! おいレイジロー、竜に戻って戦うことを許可してくれ。そうすりゃ簡単に勝てるけん」
そうか、制限が掛かっているから勝ち目が薄いように思うのか――礼治郎は藁にも縋る思いで制約を解除しようと決める。
「あいやまたれい! テンジンの口車に乗ってはならぬ。今のままでも十分、ベヒモスなぞ相手にできるでござる!」
とヴァラステウスが口をはさむ。するとテンジンが大きく舌打ちをする。
礼治郎は自分が騙されているという自覚もないままに硬直する。
ただ3王ともまったく平静で、戦いに挑む緊張感など皆無であることはわかった。
つまり問題は排除可能なのだと判断できる。
礼治郎は冷静になったが帝国の者たちは違った。
「ベヒモス? に、人間が勝てるわけがない! 魔獣の中の魔獣、魔獣の王ではないか!」
「一国を一夜で滅ぼしたというのは噂話ではない! 50年前にも実際に国が消滅させられたと公式の文献に記されておる」
「死ぬ……みんな、ここで食い殺されてしまう!!!」
帝国の者たちはベヒモスのことを聞き、完全に浮足立っていた。顔には3王に制圧させられた時よりも深い絶望が張り付いている。
ラプトルたちが撤退した東南の方角から勢いよくやってくるモノがあった。
体長は8メートルはある四つん這いの生物が木々をなぎ倒して疾走してやってくる。
近づくほどにその奇怪な容姿がわかっていく。
一見すると黒いカバに見える。ただし鼻先に大きなサイのような角を生やしていた。しかも手にはクマのような鉤爪があり、咆哮するときに見える口の中には、ホオジロザメのように牙がビッチリ生えていた。
よく見るとその背には3メートルほどの者が立っている。ラプトルのようであるが、若干印象が違う。
「ふふふっ、やはりベヒモスはブチえぐい面構えをしとるのう」
テンジンがそういったところで四つ足の化け物がベヒモスであると確定した。
礼治郎はベヒモスに勝てるイメージがまったくわかない。
全身鎧のような筋肉に覆われた肉食獣はあまりにも凶悪過ぎた。しかもそれが象をしのぎ、クジラのような質量なのだから戦える目算がつかない。
ベヒモスは礼治郎の手前7メートルほどの距離で急停止する。多量の土ぼこりが巻き起こった。
一瞬の静寂の後に、ベヒモスに乗っていた者が声をあげる。
「人間どもだけだと思ったが、魔人にドラゴニュートまでおるとは面白いぜ!」
ラプトル風の者は妙に甲高い声をしている。自信満々といった風であったが、礼治郎らはただ無言で睨み返す。
それにラプトル風の者が腕を振るって癇癪を起こす。
「貴様ら、いくらここで死ぬからと言って、その態度は面白くないぜ! 俺に敬意を払え!!」
テンジンが面倒くさそうに、蠅を払うかのように腕を振るう。
「ごちゃごちゃうるさいのぅ。名乗りをしたいのならさっさとせえ。魔獣軍とかこっちは興味がなかけん。それより早くベヒモスと戦わせろや」
「こ、この! ふん、トカゲ風情がいきがっても面白くねえぜ! 半分は生かして持って帰ろうと思ったがなしだ! この魔獣将軍インゲロア様を怒らせると面白くないことばっかりになるぜ?」
激昂する大型ラプトルことインゲロアの言葉に反応したのは礼治郎だった。
「『持って帰る』? あんたは人間を誘拐しているのか!」
「ああ、つっても200人ほどだ。弁当にしたり、魔法を使える面白い奴は少し長生きさせる気だぜ」
インゲロアが嘴の端を歪めて、笑ったような顔をした。
それを聞き、礼治郎はナフィードを見る。
「魔獣軍が捕えた人って、何とかなりそうですか?」
「そこのラプトルの脳が潰れなければ場所はわかるのである。というわけでテンジン、まさかにも頭は潰すのでないのである」
ナフィードの進言にテンジンが怒りで震える。
「おいおいドラゴニュートと抜かした鳥の頭を潰すなじゃと? そこまで寛大にゃあなれんな」
「ベヒモスも殺めてはならぬぞ。500年前からそやつらの数は増えてはおるまい」
今度はヴァラステウスがテンジンに注文を付けた。
「ちっ! いちいち言われんでもわかっとるわい」
テンジンが膨れてそういうと今度はインゲロアが腕を振り回して激怒する。
「いい加減にしろ! 面白おかしく命乞いをしないのなら、もうベヒモスとグリフォンに食わせるまでだぜ!」
「えっ? グリフォン――グリフォンってなんでしたっけ?」
礼治郎がインゲロアの言葉に反応して疑問を口にした瞬間――大震動に襲われる。
「な、何ごとでございますか!」
イザベローズも身をすくめながら視線を上に向けた。
礼治郎も上からの衝撃にすくみ上り、ゆっくりと顔を上に向ける。
すると、礼治郎たちの前に圧死した鳥のような大きな怪物がいた。
青い羽根を全身に生やし、下半身がネコ科のような姿をした鷲が全身から血を噴き出して、礼治郎たちの頭上で空中に浮いていた。
プッ!
皆が唖然とする中、ヴァラステウスが口元を手で隠して笑っていた。
「あいや失礼つかまつった――まったく障壁を張られることを想定していなかったことに仰天してしまってな。いやはやあきれ果てたグリフォンでござる」
その言葉にショックから抜けきれない礼治郎が尋ねる。
「『空から襲い掛かってきたグリフォンを防いだ障壁はヴァラステウスさんが出した。その障壁にグリフォンが激突して死んだ』、という解釈であっています……か?」
「ふむ、まあそういってよかろう」
というとまたヴァラステウスはくくっと笑った。
それを見て、ナフィードがあきれたように嘆息をつく。
「なかなか障壁を張らぬと思ったらこれを狙っておったのか。まさかどうして、妖精王は底意地が悪いのである」
その皮肉に反応せず、ヴァラステウスはグリフォンの死体を障壁を傾けることによって、地面に落とした。
それだけで元奴隷や帝国の者たちは悲鳴を上げ、腰を抜かす。
礼治郎はゆっくり、3王がこの戦いの先の先まで読んでいるのではないかと、希望を持った。
自分では到底対応できないグリフォンの強襲を、実にスマートに、被害も出さずに処理したことがその根拠だった。
だが、礼治郎は、目の端で捉えた竜王の振る舞いに、度肝を抜かす。
竜王がいたずらっ子の笑みを浮かべて、猛烈な速度で動き出していた。
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