第30話
「あのねえ……君はわたしに嫌われていることを自覚するべきだよ。おかわりなんて言語道断さ」
「えっ? なぜ、嫌われているのでございますか?」
「はあ? ああ、君たちの感性では奴隷を粗末にすることを悪いとは思っていないんだよね。そんな考えでは話もできないよ」
礼治郎の憎悪と軽蔑の目を向けられても、イザベローズは怯まない。
「誤解があると思いますわ。今回の蛮行、全てはそこのバーングライ卿のなしたことでございます。完全に関係ないとは申しませんが、奴隷と魔獣を戦わせるという話はほんの1時間前まで聞かされておりませんでしたの!」
その言葉を聞き礼治郎は、未だのびている鑓を持った青年を一瞥する。が、帝国の者の言葉などそもそも聞く意味がないと思い出す。
「それはわたしには無関係な話です。申し訳ないが帝国の皆さんは記憶を消させてもらうんで、全ての会話は無意味になります」
「まあ! そうですの! それはとても残念でございます」
好奇心に目を輝かせていたイザベローズがいきなり表情を曇らせる。礼治郎は悪いことをしたような気になったが、すぐに気持ちを切り替える。
無視して前を通り過ぎようとするとイザベローズが驚きの声を漏らす。
それも無視して歩こうとするとイザベローズは突如大声を張り上げる。
「ここにとてつもなく力の強い怪物がくる予感がいたします! 早急に対抗手段を準備するべきだと進言いたしますでございます」
「えっ、どういう意味?」
そういい礼治郎がイザベローズに振り返ると、なぜかテンジンが慌てる。
「こら小娘! 余計なことを言うでないでぇ」
「えっ? 何の話ですか?」
礼治郎の戸惑いに魔王が答える。
「実はまだ遠いので教えていなかったが、比較的強い魔獣が2体急速接近中なのである。いや強いと言ってもまさかにも我らが後れを取るようなことはないのであるが」
礼治郎は手をあげて質問する。
「強いとはどのぐらいでしょうか? あの巨大百足――ペルセフォネより強いですか?」
「それよりも多少は強いかもである。であるが、まさかの事態にはならぬよう、吾が輩らの準備は済んでおる」
強力な魔獣の接近を感知した3王はすでに対応済とは――礼治郎は頼りがいがあるとは思いながらも、案外大事なことを秘密にするものだと思う。
実際、知らされても自分に何かできるわけがないとも礼治郎は考える。
ふとイザベローズが異変に気づいたことに意識が向く。
「どうしてあなたは魔獣の接近に気が付いたのですか?」
「それに答えたら、このお菓子をもう少しいただけますか?」
「ええっ……それはなかなか図々しいですね」
「特にあの真っ赤な果実が入ったお菓子はどれも絶品でございました。あのようなものがこの世にあるなんて――」
「すごいな、イチゴ。おまえはこっちの世界でもフルーツ1位になるのか」
「まあ、イチゴという名前でございますか!! できれば、1つといわず後3つほど……」
「……本気で厚かましいんですけど?」
そういう礼治郎に3人の帝国青年が怒相で歩み寄ってくる。
「この下郎が。皇女に向かい、言葉が過ぎるぞ!」
「身分をわきまえよ! 皇女様に今すぐ平伏せよ」
あまりの剣幕に礼治郎は呆然とするが、イザベローズは小さく嘆息をつく。
「愚かな……あなた方がレイジローに殺されそうになってもわたくしはかばいませんよ?」
そのイザベローズの言葉にギョッとしながら、礼治郎は帝国青年の言葉にも再び驚く。
「えっと、皇女? 皇女って何でしたっけ?」
「皇帝の娘という意味でございます。わたくし、上から二番目で、次女の第二皇女でございますわ」
イザベローズは言いにくそうにいった。
思考がフリーズした礼治郎はしばしの沈黙の後にため息をつく。
また面倒くさいことになってしまったと思ったのだ。
すでに竜王、魔王、妖精王、超長寿吸血鬼でてんてこ舞いなのに、皇帝の娘とかお呼びじゃないんだよな……。
礼治郎は面倒ごとの連鎖にうんざりしていた。異世界転移だけでももう充分すぎるのにこうも特殊過ぎるイベントに辟易するのだった。
投げやりになりそうな気持ちがこみ上げるが、ある重要なことに気づき、意識を傾ける。
「そうだ! あなたは今ここがどこであるのか、どこの領地であるかわかりますか? 『どこの国の南側』とかという意味です。そしてここからギャロス王国への道のりはわかりますか?」
礼治郎は一定の知識人に会ったのならば、地理の情報を得たいと考えていたのだ。これまで地図を見ていなかったので、進行方向に大きな不安があった。
礼治郎の食いつくような視線を受け、イザベローズは派手な顔貌をパッと輝かせる。
そして腰の剣を外すと、鞘ごと動かして地面に線を刻み始める。
「現在、大東森地方のクリキ公国の西端におります。黒沼街道の近くですね。そこからギャロス王国に向かうとなると、西南西に90リールでございますわ」
1リールはおおよそ4キロ、つまり90リールは360キロ――おおよそ東京名古屋間か。
礼治郎はイザベローズの描く地図に感心し、ある程度描いたところでスマホで撮影する。
そのスマホに皇女が食いつく。
「それはなんでございますか?」
「わたしの世界の道具です。わたしは異世界転移者なんで」
礼治郎は地図を提供してくれたことでイザベローズに少しは敬意を払うべきだと考えた。
イザベローズの方が更に好奇心にあふれた目を輝かせる。
「異世界――その道具で何をどうなされたのでございます?」
キラキラした瞳に礼治郎はたじろぎ、しかたがなく地図を撮影した写真を見せる。
「ええ? どうして、こんなことが? 空間を切り取って、収納したのでございますか?」
猫のように目を真ん丸にするイザベローズは魅力的だったが、礼治郎はそこで関心を向けるのを切る。情を向けるべきは不遇な元奴隷たちだと考えたのだ。
礼治郎は意図的にせまりくる敵に注意を払う
接近するという強力な魔獣を捕えようと魔法の〈探査〉を展開した。
重ねて〈探査〉に〈魔術増強〉を使うとただならぬモノの接近を感じ取った。
「うっ、こいつは!?」
礼治郎は息をのむ。近づくモノが放つ質量と魔力が規格外すぎた。
ほとばしる魔力の大きさにたじろぎ、恐怖する。
この強大な魔獣をテンジン達だけで抑えきれるのか?
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