第29話

 こういう展開に強そうなナフィードに近づき、礼治郎は尋ねる。


「あの~、この帝国の方々に『奴隷が魔獣と戦って全員死んだ』と思い込ませることとかできますか?」


「まあ可能なのである。〈洗脳〉によって記憶の改ざんを行い、さらに〈制約紋〉という呪術を用いれば、こやつらが祖国に戻っても奴隷の者たちの家族を処罰するようなことはまさかにも起こすまい」


「そ、そうですか! あの、できればそうなるようにお願いできますか?」


 ナフィードはモルトウイスキーを一口飲んだ後に了承した。

 礼治郎は次に、7971らの元奴隷たちと向き合う。

 さぞや不安であろうと7971に礼治郎は近づくと、異変に気付く。元奴隷たちの表情は晴れ晴れとしており、礼治郎を見る視線は熱いものがあった。


「さすがレイジロー様です! 帝国の者にズバリと言ってのけるとは。いやはや感服するしかありません」


 7971の言葉に礼治郎が面食らう。不自然なほどに自分に傾倒しているのを感じた。

 はたと気づき、礼治郎はステータス画面を開き、確認する。


【使役化した者】414名(▽)


「うっ、使役化した人の数が増えている……」


 7911ら帝国の元奴隷が使役化されていることに礼治郎は頭を抱える。この展開はぼんやりと予想はしていたが、やはり他人に深く干渉することはしたくなかった。

 一時的な激情で奴隷を助け、奴隷紋まで消すとは、完全に〈王蛇の穴〉の時と同じことをしてしまっていた。

 人を助ける資格も支える資格もないのに――礼治郎はまたも他人の人生に短慮で関わってしまったことに自己嫌悪した。

 学習できない自分が恨めしい。

 深すぎる後悔に打ちのめされたが、呆然とすることも許されないと自分を叱咤する。


「皆さんはこれからは自由に生きられます。ですがさすがに一緒にギャロス王国を目指すのは無理と考えてます。食料を持ってもらい、一時〈聖母の丘〉という場所に向かっていただきたいと考えます。〈聖母の丘〉とはここより少し離れた処にある、避難所のような場所です!」


 帝国の元奴隷達は礼治郎の言葉に高揚したように声を漏らす。


「もう死ななくていいんだ!」


「よかった! 本当は死にたくなかったんだ!!」


「礼治郎さまのお導きに従おう! 奴隷に優しくしてくれた人なんか誰もいなかったんだし」


 元奴隷たちの言葉を聞くと、礼治郎は己を責める意識が和らぐような気がした。


「この者たちの足ならば今日中にたどり着けるかと――まさかの事態に備え、丘にいるカラミアに念話で連絡しておくのである」


 ナフィードが淀みなく礼治郎をサポートする。

 礼治郎は頷いた後に、ヴァラステウスに言う。


「皆さんには外町に住んでもらいましょうか?」


 実は出発2日前に、ヴァラステウスは新たな〈石町建設〉の魔法を使っていた。今までの街を囲むようにより広範囲の石壁を円状に展開させた。

 そのために今までの町を「中町」、その周りの場所を「外町」と呼んでいた。

 ヴァラステウスは礼治郎に向け、首を横に振る。


「いいや、まだ中町には余裕があるので中町で大丈夫でござる。外町には外町に相応しい者たちを住まわせる算段を、すでにカラミアと済ませていてござ候」 


「そ、そうですか」


 礼治郎はヴァラステウスがまたも微かに意地悪そうな笑みを浮かべたように見えたが、元奴隷たちを送り出す作業に戻る。

 礼治郎は月間売上高のために日々〈ラッキースター〉で買ったものを〈保管空間インベントリ〉にストックしているが、レジ袋を買い忘れていることに気づく。

 元奴隷の面々は肩に掛けるタイプの麻袋しか持っていなかったので、道中の食料は各々にレジ袋に入れて渡したいと考えたのだ。


「ええい! レジ袋の汎用性はやはり無視できない」


 そういって礼治郎は〈ラッキースター〉を出現させ、レジ袋を買いに入る。

 50枚200円のLサイズレジ袋を3つ買い、清算しようとすると背後で声が響く。


「こ、これは何でございます! このような建物、内装、陳列品は初めて目にしたのでございます!!」


 振り返ると店内にイザベローズが入ってきていた。

 だが、礼治郎は初めイザベローズであるとはわからなかった。あのくすんだ様な表情ではなく、青空のごとく澄み渡った面貌になっていたのだ。年相応な態度に映る。曇っていた美貌が今は輝いている。

 別人かと思い、礼治郎は戸惑ったが、質問に答える。


「自分の〈天職〉による魔法ですよ。こんな風なお店を出せるんです」


「そうでございますか! このような魔法、聞いたことがないでございます! 300万人の帝国でも誰一人使えないと、断言できるでございます」


 更にテンションが上がるイザベローズだったが非道な行いをする帝国の人間なので、礼治郎の印象は悪い。

 出て行かせようと促そうとするが、イザベローズは踊るような足取りで店内を見回し始める。


「もう出て行ってくれませんか?」


 イザベローズの無軌道ぶりに礼治郎は翻弄されるが、いよいよ腕をつかんで追い出そうとする。

 が、イザベローズは突然動きをピタリと止める。

 それはスイーツコーナーの前であった。ケーキ、プリン、洋菓子を衝撃を受けたような顔で見つめていた。


「……大人しく出るというのならば、一つ買ってあげるけど、どうする?」


 という礼治郎の言葉にイザベローズは大きな瞳を見開いて、強く頷くと、カップケーキなど6点を手にして振り返る。


「是非ともお願いいたしますでございます!」


 俺、一つって言ったよね?


 礼治郎はため息をつくが問答するのが面倒なので、レジ袋と共に6つのスイーツを購入する。

 そして礼治郎が100人分の食料を手早くまとめていると、背後に再びイザベローズが立っていた。

 瞳を輝かすイザベローズの手には6つのスイーツの空容器が握られていた。


「どれもとてもおいしゅうございました! できれば他のも食べたいのでございますが――」


 美少女のうっとりした表情は想像以上に礼治郎には甘美に映る。

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