第28話
狂気を伴う戦場の興奮が若干薄まり、礼治郎が〈支店召喚〉をいったん解除したところで怒声が轟く。
「貴様ら奴隷は何をやっておるのか~!! とっとと再びラプトルと戦う準備をするのだ~!!」
そういい、やってきたのは長すぎる槍を持った海碧色の甲冑を着た青年であった。
その青年一人の接近に奴隷たちは戦慄し、息をのんだ。
濃厚な殺気を放つ海碧色の甲冑の青年がさらに距離を詰めると、前方を礼治郎がふさぐ。
「あなたですか? この人たちにここで戦って死ねと命じた人は!」
甲冑の青年は礼治郎に一瞥すると、4メートルの槍を一閃させる。
槍先が礼治郎に伸びるが、礼治郎の手前40センチで止められていた。
槍先を剣の樋でナフィードが受け止めていた。
「幼稚な真似はせぬことだと勧告するのである。それとも貴殿は殺し合いを望むのであるか?」
「ちっ! 魔人に忠告されるとは驚くしかないのだ」
槍を引いた甲冑の青年は息を吸った後に大きな声を出す。
「我らは高度な魔獣の群れへの実験・研修の最中なのだ。身の程をわきまえ、下がるのだ!」
礼治郎はまじまじと甲冑の青年を見る。20代前半の凛々しい顔つきをしている。また鋭い眼差しの中に責任感と覚悟を宿しているのがわかった。
奴隷を使った単なる残虐行為を単純に楽しんでいる者には見えない。
とはいえ礼治郎も引く気はない。人の命を使った実験など見過ごすわけにはいかないのだ。テンジン達あっての強攻策だが利用しない手はない。
しばしのにらみ合いの後、甲冑の青年が叫ぶ。
「奴隷たち、聞くのだ! ただちにラプトルに向け、進攻するのだ!」
力強い断言がびりびりと響く。
だがそれに反応する者はいない。
礼治郎が振り返ると、ヴァラステウスが薄く笑うのが目に入る。
奴隷紋が美白効果のクリームで消えているのがわかった。元奴隷の人たちも事の成り行きに呆然としている。
「何故なのだ! 何故、誰も言うことを聞かぬのだ! 主の命令であるのだぞ!!」
甲冑の青年が怒り狂っているとその背後から40人ほどの団体が近づいてきていた。
半分は武装しているが、残り半分、着ている服も色彩も裁縫も複雑で意匠に富んでいる。堂々とした足取りをしておりただ者ではないと思わせる。
礼治郎は身分の高い貴族達であろうと値踏みする。
その中で一人、抜群に目を引く少女がいた。
破格の涼やかな美貌もさることながら、服も髪型も凝り倒しており、特別な存在であることは一目瞭然である。
美少女の後頭部の髪が複雑に編まれ、お嬢様結びにしているところが、礼治郎にギャロス王国のサリアリ女王を思い出させた。彼女もまた似たようなヘアスタイルをしていた。
お嬢様結びの美少女が口を開く。
「何事でございますか、バーングライ」
「はっ、イザベローズ様、どういうわけか奴隷がいうことを聞かないのです!」
礼治郎はイザベローズと呼ばれた少女がこの一派の中心だと感じた。日本で言えば高校生ぐらいの年齢に映るが、醸し出す貫禄がただ事ではない。
大人びているという次元ではなく、確かな責任を担っている、権力者としての風格があると感じた。
同時にどこか枯れている印象も受ける。
眼光は鋭いが何かを諦めているような雰囲気を、礼治郎はかぎ取った。
イザベローズはしばし静止し、思案するような顔をする。パッと深緑の瞳を見開くと解析情報を口にする。
「奴隷紋が消えているでございますね! しかも全員でございますですわ」
「な、なんと! 衝撃であるのです。奴隷紋の消去は相当の呪術の手練れでも難しいと聞いているのです」
イザベローズの分析にバーングライと呼ばれた甲冑の青年が驚愕して見せた。
イザベローズの背後に控えていた一人の青年が気色ばんでいう。
「ど、奴隷紋が消えても、問題ありませぬ! 奴隷の大半はアックワ帝国に家族を残しております! 家族のある者は我らの命令には絶対ですぞ!」
奴隷の人質を取っている――それを聞いた瞬間、礼治郎の中で烈火に似た感情がよぎる。
「家族のある者? 命令を聞かないと家族を責めるというならば、その命令違反を知らせる者がここから生きて帰れなければどうなります?」
その言葉にすぐに反応できるものは少ない。
できた一人であるバーングライが槍を豪快に礼治郎に振るう。必殺の一撃である。
「貴様! 下賤の者が我らを脅迫するのか!」
しなる槍は高速で礼治郎に伸びたが、途中で別の槍に動きを止められる。
槍を手にしたテンジンがニヤリと笑って、バーングライの槍を受けていた。
「面白いのぅ! オドレらのしたり顔をグチャグチャに潰すこたぁワシも賛成だでぇ!」
カッと目を見開いたバーングライはテンジンに向けて槍を振るう。
「このトカゲがっ!!」
バーングライの噴火したような忿怒が槍に乗ってほとばしる。
何度か二つの槍が打ち合ったが、突然バーングライは豪快にひっくり返り、頭から地面に激突する。
礼治郎は攻防の中、テンジンの槍の柄がバーングライの足首に引っ掛かるのを目撃していた。
「やれやれ、鍛錬が足らんのぅ。足元をすくうのは槍術の初歩の技ぞ? 自信満々の割にその程度とはよう恥ずかしくないのぅ」
テンジンがあきれ顔で言ったが、礼治郎はバーングライが未熟なのではないと思う。テンジンの槍のレベルが空前絶後なのだろうと予想がつく。
バーングライは白目をむいてピクピクと痙攣し、立ち上がる気配はない。
バーングライが昏倒をしているのを見て、帝国兵士の者が剣を抜く。
「バーングライ卿! おのれ」
激怒しテンジンを見据えるが、長髪の甲冑の者は手を挙げる。
「者ども剣を収めよ! 槍聖と呼ばれるバーングライ卿が瞬時に撃退されたのに、おまえ達がかなうわけがない!」
長髪甲冑の青年は2メートルを超す大剣を有していたが、抜いていなかった。その表情に厳しく濃厚な苦渋を浮かべている。
直後、一人のローブを着た帝国の女性が震えた声を出す。
「ま、魔法が……一切の魔法が使えません……。こんなこと初めてです……」
別の者も戦慄を隠さずに目を血走らせ語る。
「本当だ……魔術を何一つ展開できない。イザベローズ様の加護も消えた。くっ、ここには帝国の手練れがそろっているというのに――」
ヴァラステウスがクスリ笑う。
「面倒と思い、ちと結界を広めておいたでござ候。なれどこの程度で手も足も出ないようでは、あまり練度の高い者はおらんようだ」
礼治郎は妖精王が羽虫を払うかのように魔法を制限する術を使ったのだろうと理解する。帝国の精鋭の魔法は結界の中ではどうにもならないようだった。
緑の豪奢な短着の中年男性が周囲を見回しながら狼狽する、
「〈影〉は!? 〈影〉の3人はいずこに? こんな時の為に高額で雇っているというのに!!」
それを聞いた礼治郎は、先ほどの襲撃者のことを思い出す。礼治郎はあの後、彼らがどうナフィードに処理されたのかは知らない。
同胞の不安に反応するように、イザベローズという少女が張り詰めた、よく通る声を出す。
「皆の者、動くのをやめるのでございます。どうやらここにいる方々は、我ら人間では太刀打ちできぬ技量を持っていると判断できるのでございます! 死にたくない者は全ての敵対行動を止めるのでございます」
礼治郎は、ほうと感心する。修羅場ともいえる状況で率先して決断し、指示を出すなど並大抵の胆力ではできないと思った。
そしてまたもやイザベローズから「どうでもいい」といった空気を覚える。事態を誰よりも的確に捉えているのに、目の前のことに一切の興味がないといったような、諦めを漂わせた。
とはいえ本当に帝国貴族の一団が動きを止めると、ほっとする。
無論、礼治郎には攻撃する気などないが、展開によっては多くの怪我人が出るかと予想できたので、クールダウンできる時間ができてよかったと思う。
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