第27話

「面倒じゃったが、ちいとばかりはせいせいとしたわい!」


 テンジンはふんと鼻息を荒くしてそう嘯く。ラプトル駆除で憂さ晴らしが少しはできたようだった。

 ナフィードは剣を外衣の下に納めると報告する。


「レイジロー、あれで終わりとはまさかにも思わぬのである。ラプトルは今の数倍はいるのだからな」


「えっ……はあ、わかりました」


 その報告に礼治郎が思案していると一人の中年奴隷が、話しかけてきた。


「失礼だが、あなた達は何者ですか? 我らの命を救い上げてくれたのは感謝しますが、我らは帝国の命によってここで命を散らすことになっている戦奴にございます」


 頬に深い傷を持つ中年奴隷が毅然とした態度で礼治郎に語り掛けた。

 礼治郎は中年奴隷に頭を深く下げた後に言う。


「わたしは礼治郎と申します。失礼ですがあなたの名前をお教えくださいますか?」


「先祖代々わたしは奴隷ですので名前はありません。番号は7971です」


「……了解しました。7971さん、あなた方はここで死ぬ予定だという話ですが、死にたいわけではないですよね?」


「もちろんです。ですが命令は絶対。奴隷は決められた運命のままに動くモノです」


 そういって7971は背中の幾何学模様の入れ墨――奴隷紋を礼治郎に見せた。

 奴隷紋――奴隷に絶対服従をうながす呪い。礼治郎もその存在は知っている。

 礼治郎の奴隷紋を見る目が険しくなると、ヴァラステウスが横に並ぶ。


「連中にも〈ラッキースター〉の恵みが必要のようであると思われるでござる」


「ええっ、わたしも今そう思いました!」


 いうと礼治郎は周囲を見回した後、走る。

 そしてある平地の前に来ると、魔法を展開する。


「こい、〈ラッキースター〉!!!」


 〈支店召喚〉――コンビニの〈ラッキースター〉を降臨させたのだ。

 その光景にアックワ帝国の奴隷たちは仰天した。見たこともない煌びやかな外装に誰もが息をのんだ。

 礼治郎はすぐに〈ラッキースター〉に入った後に、すぐに美白効果を謳ったクリームを全て購入した。

 会計し店を出るとヴァラステウスが手を差し出し、クリームを受け取る。


「それがしが配ろう。連中は腹ペコであろうから食べ物も早く用意した方がよかろうぞ」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますね」


 いうが早く礼治郎は踵を返し、店に入る。そしてありったけの栄養ドリンクと水、そして総菜パンを購入する。

 それを奴隷たちに配り、無くなると購入を繰り返す。同じことを4回すると全員に行き渡った。

 そしてビニールの剥がし方と、ペットボトルのキャップの外し方をレクチャーする。

 恐る恐る奴隷たちは手にした総菜パンを口にする。すぐに飢餓に近い空腹が反応する。


「う、うっまい! すっごい肉の味がする! うまままっ!!」


 ソーセージパンを口にした背の高い奴隷がうなりガッつく。


「複雑な味がする……これはとんでもなく高級品なのでは?」


 やきそばパンを、鷲鼻の奴隷が恍惚の表情で頬張ってつぶやく。


「ふわふわでトロトロ……こんなウメーもん、オラ、初めて食っただよ!」


 ピザ風チーズパンを食べた福耳の奴隷は口元を震えさせながら感想を言った。

 続けて購入、配布したサンドイッチもものの数分で完食していく。

 気づくと先ほど精神を患ったと思われた者たちも食事が摂れるようにまで回復していた。

 ちゃっかりテンジン、ナフィード、ヴァラステウスもそれぞれの好物を摂取する。

 テンジンが手にしたのは、豚骨冷やしつけ麺であった。どうも「豚骨」という文字が自分の好物に書かれていることに気づいたな、と礼治郎は察する。


「断っておくと、この豚骨冷やしつけ麺は温めないで食べられますよ。蓋を取って、具とスープと麺をかき混ぜるだけです」


「おいおい! 温めにゃあマズいじゃろう。美味しいわけがないけん!」


「自分たちの世界では普通に人気商品ですよ。まあ食べるのが怖いのなら、別の商品にしたらいかがですか?」


 礼治郎は強情で保守的なテンジンを揶揄するつもりでいったが、テンジンはその挑発に反応する。

 恐る恐る開封し、具材とスープを麺の上にぶちまけ、かき混ぜ口に運ぶ。すると、すぐさま目を大きく見開く。


「ほ、本当じゃ! これは美味い! 冷たくてもコクがあって味が強いのぅ。暖かさという醍醐味はないが、得も言われぬ清涼感が口に広がるのぅ! これはガツガツずるずるいけるわ」


 言葉通りテンジンは豚骨冷やしつけ麺を一気に五人前平らげた。

 ヴァラステウスは最近はもやしを温めて食べることに凝っていた。もやしを電子レンジで温め、胡麻と昆布のポン酢をかけただけのものを日に何度も口にする。


「胡麻とポン酢の掛ける量を変えるだけで、風味と口触りが変わるのが趣深い。しかも何をしても失敗しないことがいやはや、愉快愉快」


 延々と続く長い人生の中でもロクに料理をしてこなかった妖精王にとって、電子レンジで温めたもやしは魅惑的に映るようであった。


 ナフィードが購入を希望したのは、ウィスキーの小さめのボトルだった。

 それを見た礼治郎は苦笑する。


「ああ、これに気づいてしまいましたか!」


「むむっ、ではやはり特別な商品なのであるな? このボトル、そして値段、前に飲んで驚いたのであるぞ」


 ナフィードが真剣に見つめる180mのウィスキーには「北杜」と書かれていた。


「日本産のシングルモルト、世界中で人気で非常に希少でして……次の入荷はのんびり待つしかないですよ」


「シングルモルトは混じりけのない純粋な味が楽しめるというが、これは本当に匠が作り出した芸術のような酒であるな。確かにいつも飲めないのは苦しいが、飲まずにはおられぬのである」


 そういってキャップを外して4分の一を一気に飲む。そして喉越しまで味わった後にゆっくり満足げに頷く。

 異世界の酒に出会って2月も経たぬのにこの見識とは――本気でこだわるナフィードのその姿に礼治郎は真の酒好きなのだと思った。

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