第26話

 突然の戦いの勃発に思考停止となった礼治郎であるが、すでに魔獣と戦っている100名に意識が向かう。


「そ、そうだ、ラプトルとかいうモンスターを倒さないと!」


「どれ、それがしがラプトルの足を止めようぞ」


 礼治郎の気を読んだようにヴァラステウスが高速で移動する。

 ナフィードが降伏した黒覆面の者の頭の上に手をかざす。

 そして2度頷いて主に報告する。


「ふむ、レイジロー、こ奴らはアックワ帝国とかいう処の間者、殺し屋なのである。皇女が奴隷と魔獣を戦わせて戦況分析をする企みに協力しているのであるぞ」


「えっ、皇女? 帝国?」


 礼治郎の思考はなおも止まる。アックワ帝国など今まで一度も聞いたことがないのに、そこの殺し屋に襲われたとか完全に理解が追い付かない。

 だが礼治郎は己の頬を両手で叩き、思考停止を強制解除する。


「と、ともかくラプトル達の侵攻を止めましょう。それから色々考えましょう」


「承知したのである。この殺し屋共の扱いは吾が輩に一任させて欲しいのである。全員赤子も手にかける鬼畜の徒――このような者の扱いは慣れているのである」


 魔王の申し出に礼治郎は頷く。


「お願いします。ではラプトルを捕獲しましょう!」


「ひゃはあぁ~っ!! 狩りつくしてやるけんのぅ!!」


 テンジンが欲求不満の雄叫びを上げるのを無視し、礼治郎は自分でも気づかぬうちに時速80キロで飛んだ。



 38秒後に礼治郎は視界に奇怪な動物の群れを目にする。

 恐竜っぽい頭部に駝鳥のような体、そして羽の生えた太い腕をしたモンスター・ラプトルが大量におり、ほぼ一点に集中していた。

 ラプトルが囲む処に100人近い人間がいる。あれが皇女の奴隷なのだろうかと礼治郎は見当をつける。

 ラプトルは羽根つき腕でこん棒などを激しく振るうが、一定距離から人間に近づけないでいた。

 ヴァラステウスが何かやっているのだろうと察しながら、礼治郎は後ろを振り返る。そこにはテンジンしかいない。


 こうなったら自分でやるしかないか!


 礼治郎は足を止め、〈風〉魔法を全力で放ち、ラプトル達を蹴散らそうと試みる。

 が、そんな礼治郎の前にテンジンの厚い背中が立ちふさがる。


「ケッ! 頭部だけを千切れとか面倒くさくてウンザリだが、飽きるまではやっちゃる!」


 そう吐き捨てると、テンジンはラプトル達に次々と襲い掛かる。

 爪をたてた腕を一閃させると、ラプトルの太い首があっさり胴体から離れていく。


 ぐぎゃっ! きゅあっ!! はぎゃぁっ!!


 人では出せぬ断末魔が連続して響き渡る。

 テンジンの技量は竜王の名に相応しく、2秒に1体のペースでラプトルの殺処分を敢行していく。

 ラプトル達も状況を把握していき、テンジンを殲滅するように集中し始める。

 1分ほど仰天した礼治郎だったが、すぐにやるべきことを思い出す。奴隷と呼ばれる者たちへの治療だ。

 アックワ帝国の奴隷は40歳から15歳くらいの男で構成されている。白く粗い布地の服に、茶色の皮鎧という同じ格好をしていた。

 そして誰もが全員ガリガリに痩せており、顔に絶望を張り付けている。

 礼治郎の中に憤怒が巻き起こるが、一旦感情を押し殺す。

 すぐさまヴァラステウスの元に駆ける。妖精王はテキパキと重傷者の怪我を修復していた。


「お主は左の端から手当をするのでござる。なに、失敗したらそれがしが助太刀するから、遠慮せずやるでござる」


 その言葉に従い、左腕が千切れた男性に近寄る。激しくのたうつ男性の肩を握り、礼治郎は魔力を治療の波動に換えて流し込む。


「落ち着いて! 今、治しますから」


 激痛と絶望に顔を歪めた男が一瞬、礼治郎の言葉に平静を取り戻す。礼治郎は自信ありげに力強く微笑むと、丁寧に〈回復〉の魔法を施していく。

 肘から失った腕がみるみる生え、元通りになる様は、見守る奴隷たちを仰天させる。


「ああっ、奇跡だ……」


 己の技に震え上がりながら、礼治郎は奴隷たちの怪我を着実に消滅させていく。

 ヴァラステウスの背から「お主の弱音など聞かぬ」というメッセージを受け止めながら、阿鼻叫喚の修羅場と丹念に対峙し、悲劇を消していく。

 10人近く治したところで、怪我人がいなくなっていることに気づく。

 ヴァラステウスはすでに礼治郎の施術した者のチェックをしていた。

 厳しいことを言われると思っていた礼治郎だったが、ヴァラステウスは別のことを口にする。


「レイジロー、あそこにいる連中の精神をいじるがよろしいか? 一応許可を所望致す」


 そういってヴァラステウスが指さした先に、6名ほど震えるか完全に呆けている者たちがいた。

 壮絶な恐怖、信じられない体験で自我が壊れた者たちだろうと礼治郎は察する。


「ど、どうにかできるならばお願いします!」


 礼治郎は頭を下げて頼む。

 するとヴァラステウスは精神的なダメージを受けたらしい者たちに近づくと、頭部を触った後に、術を執行していく。

 一人に5分以上を費やし、礼治郎はヴァラステウスが慎重に治療している印象を受ける。

 ヴァラステウスの術を受けた者は、眠そうな顔をしながらも瞳にはうっすらと意志の力を感じ取れるようになっていた。

 PTSD――心的外傷と呼ばれる、壮絶な体験が精神の均衡を崩す症状。それを補正・修復しているのだろうと理解する。

 礼治郎は知っていた。〈聖母の丘〉にいる時も眠れない子をヴァラステウスが一人一人診て、症状を軽減させていたのだ。

 おかげで〈聖母の丘〉には激しいヒステリーに陥っている子供はいなかった。

 「お主も治療しろ」と言ってこないところを見るに、この術は今の礼治郎には難しいのだろうと推測できた。

 ふと礼治郎は気づくとテンジンに続いて、ナフィードも剣を駆使してラプトル達を狩っているのに気づく。


「ほらほら、鮮度は良いのか? 一刻を争うのじゃろう?」


「あっ! そうでした」


 テンジンの言葉に礼治郎は〈身体調整〉〈倍化〉〈加速〉の魔法を己にかけ、ラプトルの死骸を次々と回収していく。

 〈保管空間インベントリ〉に300頭を叩き込んだところで、周囲が静かになっているのに気づく。

 ラプトル達が退散していき、奴隷たちの周囲にはまったくいなくなっていたのだ。

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