第19話

 聖母の丘に町ができてから3日後――難民たちが恐慌状態から脱したところで礼治郎は色々な者に意見を聞くことにした。

 礼治郎は悩んでいた。

 勢い任せで集落を形成したが、この先の展望は特にないのだ。

 また、どのタイミングでここを去るべきなのかもわからない。もちろん今礼治郎が立ち去れば300人を地獄に突き落とすことになることもわかっている。


 情報が足りない。情報がないと何も判断ができない。


 まずは現状を正しく認識する必要がある。

 さらに魔法、国情、設楽達移転者の情報も集めるべきだろうという考えが頭をもたげた。

 3王にアドバイスを求めても、「礼治郎の好きなようにしろ」と言われるだろうと予想できる。

 今は多くの意見と報告を聴くべきだと判断した。

 質問したい人に会いたいと伝言を頼み、礼治郎の仮住まいに来てもらうようにした。



 まず最初に意見を聞いたのは12歳の少年、トドスだった。

 トドスは子供たちの意見をまとめ、機敏に動く少年だ。体格的にも一際大きく、礼治郎から見ても頼りになる存在に映る。

 300人の集団生活の中でも目を引く働きをするが、自我を強調しないし、目配りが利くので礼治郎は興味を持っていた。


「トドスくん、呼び出したのは他でもない。この先、ここをどうすべきか、どうなったらいいか聞かせてくれるかい?」


 トドスは緊張した様子でおずおずと語り出す。


「ま、まずは――わたし達をお救いくださり感謝します。もう死ぬしかないと思っていたのに、魔獣から守ってもらい、その上、凄い御馳走をいただいて――」


「ありがとう。申し訳ないけど、こっちの都合で謝辞はなしでお願いできるかな。この先、どうしたいのか、教えて欲しいんだ」


「はい――わかりました。ここにいる集まりがどうしたらいいかという話だと、わたしの意見はあまり良くないものになるかもしれません」


 少々意外な言葉に礼治郎は驚きながら尋ねる。


「よくない、というとそれはどういう意味なのかな? まあ……言いたくないならいいけど」


「はあ――実はわたしと妹は父が家業を大きくしくじったせいで、農奴まで落ちてしまったのです。過酷な労働と生活で参っていた時に、今回の騒動になり、ここまで逃げてきました。今はひどい労働もしないで妹とお腹いっぱい食べられるこの日々が嬉しくてしょうがない状況なんです」


「な、なるほど」


 礼治郎は思わぬ話の展開に唸った。確かに元の生活に戻れば、今とは別の地獄が待っているとなると意見が偏る可能性はある。しかしそこまで自分を客観的に見られるトドスは、慧眼の持ち主の可能性が高い。礼治郎はさらに見解を聞きたいと思う。


「君の処遇は後で何とかするとして、ここにいる人たちが今後どうすべきか考えて欲しい。我々がいずれここを去る可能性も考えて」


「レイジロー様たちが去ったら我々は魔獣に食われるだけです。我らを救援しに現れる兵などまずいないでしょう」


「そ、そんなに魔獣の侵攻は激しいのかい?」


 トドスはしばらく考えてから同意を示す。


「はい――私たちが町を脱出するときには全ての街道が危険になっていると、大人達は言っていました」


「なるほどね――街道か」


 今はこの地方は魔獣が闊歩する危険な状況なのだと改めて礼治郎は認識する。ここ大東森地方を抜け、パルーロ地方に入るには魔獣達との戦いは回避できないのだと推察した。

 やはりテンジンたちにお願いして、魔獣の脅威を排除するしかないのだとも一考する。

 その上でトドスに聞く。


「仮に魔獣の数がぐっと減ったら、ここにいる人たちで何とかなるかな?」


「無理――ですね。ここは硬固な町ですけどパイアに侵入されたら、3匹で全滅しそうです」


「そうだよね……。一回魔獣を一掃できれば、状況は変わるかもしれないけど……」

 

 ここでトドスとの意見交換を終えた。話を聞いて礼治郎の中でいくつか整理できたこともあった。


 次に意見を求めたのは、数少ない兵士の一人だ。スピリオというクリキ公国の兵士だ。

 赤毛で中肉中背、たれ目の青年スピリオは礼治郎にも見覚えがある。


「あ、あの時の!」


「はい! その節は失った目玉、手・足まで治してもらって感謝であります!」


 その前に胸を破裂させそうになったけどね――という言葉を飲み込む。スピリオは礼治郎が最初に〈治癒〉を掛けた青年であった。


「元気そうで何よりです。あの後、後遺症みたいなものはないですか?」


「まったくないであります! 右ひざの下にあった古傷もなくなっていてビックリしたでありますが!」


「そ、そんなことまで――あっ、え~と、今日はちょっと意見が聞きたくて、あと情報も。まずは、ここに救援が来ないというのは本当ですか?」


 スピリオは笑顔をぐにゃっと歪めて渋顔を作る。


「ほ、本当であります。現在クリキ公国は魔獣の侵攻により軍制を崩し、戦線、補給路が完全に寸断しているのであります……」


「なるほど。それでスピリオさんたち軍人は今後どうするつもりですか?」


「何もできないのであります。ここにいる兵は負傷兵を含めてたったの13名――何もできないのが現状であります」


「ではここで待機しているだけだと?」


 今度はスピリオは顔を赤くし、椅子から立ち、直立不動を取る。


「はい! 恥ずかしながらレイジロー様に甘えることしかできないのであります」


 礼治郎とてテンジンら3王あってのことなので感謝されるのは抵抗がある。それはさておき、今後何をすべきかを聴きたいと思う。


「え~と、それでですが、差し出がましいのですけど、兵士の皆さんで、子供たちを鍛えるのはいかがですか? 魔獣と渡り合う術を教えれば現状が少しは変わるのでは?」


「それならばテンジン様がやられているので口出しはできませんであります」


 なるほどと思い、礼治郎は腕を抱える。それならばもう何も聞くべきことはないか、と思っているとスピリオが羊皮紙を取り出してきた。

 何かと思っていると、スピリオが羊皮紙を広げて礼治郎に突き出す。


「これを持っていてください。クリキ公国のオーデス辺境伯の書簡です。『魔獣を討伐した者に数に応じて大東森地方の土地を譲渡する』と書かれているのであります!」


「えっ? ……つまり?」


「この土地はレイジロー様のモノになると保証するのであります! わたし達もレイジロー様が魔獣パイアを撃退したと証言するのであります」


 要するに魔獣を倒すとこの辺の土地をくれるという公文書のようだと礼治郎は理解した。が、今はそれに気を回す余裕がない。

 礼治郎はギャロス王国があるパルーロ地方に行くには、ここから南南西に伸びる黒沼街道に向かうべきと数人の兵士から聞いているが、確認するように尋ねる。


「ギャロス王国へ向かう黒沼街道にも魔獣は多いのですか?」


「はい。そちらは鳥型の化け物・ラプトルの大群がいるであります。その数、ざっと500頭以上、であります!」


「500頭!? はぁ……え、え~と、それでも黒沼街道が往来可能になれば、戦況は変わったりするかな」


「はい! クリキ公国を支える2大街道の一つなので、ラプトルを撃退できれば戦況を変えるのには十分であります」


 やはりまた魔獣と戦うのか――荒事が苦手な礼治郎は戦うことに乗る気にはなれない。

 空を飛べばギャロス王国に早く行ける――それはわかっているが、トラウマを抱える礼治郎には容易ではない。礼治郎は王蛇ムンガンドの穴の一件で芽生えた恐怖を払拭できずにいた。


 街道の魔獣を一掃することが自分に可能なのか? 3王は自分の代わりにラプトルを倒してくれるのか?


 何か凄い力を得たようだが、礼治郎は自分が何かができるようになったとは思えない。何をするにしても難題ばかりだと思え、頭を抱えてしまう。

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