第18話
ボールに片っ端からニンニクチューブを絞り出し、そこに大量の塩・胡椒をぶちまける。
次にこの世界のハーブ・聖者大蒜と呼ばれる植物を大量に刻んで入れる。見かけるたびに引き抜き、〈
塩・ニンニク・胡椒・聖者大蒜の入ったボールに、今度はイタリア産白ワインをぶち込んで木べらで掻き回す。
お次は石の床の隙間に縦に刺した5本の鉄串に、4キロほどのパイアの肉塊をぶっ刺す。鉄串は両端が鋭利に尖っている。
挿した肉の表面に、先ほど作った白ワインと調味料を練ったものを木べらで豪快に塗りたくっていく。
礼治郎が遊んでいるように見えた子供たちがキャッキャと声を上げて、はしゃぐ。
「みんな肉から離れて!」
〈使役化〉の影響で皆、パイアの肉塊から距離をとったところで、礼治郎は指の先から炎を放つ。
「高温でいて、穏やかな炎――」
イメージしながら慎重に調整した炎を、調味料を塗った肉の周囲に忍ばせる。
やはり以前より〈火〉が数十倍強力になっているが、礼治郎は慎重に肉の中まで火が通るように炎を操った。
そんな作業が10分続くと、全ての肉塊からいい匂いが立ち込め、ジュウジュウと音をたてて脂を流し滴る。
「よし、できた!」
礼治郎は肉塊を一つ、2本の包丁で鉄串から外し、皿に置く。そして一部を切って口に運ぶと、目を輝かす。
「
と叫んだ。
料理はかの有名な大富豪メディチ家が好んだという料理である。フィレンツェでの会議でこの料理を出され、それを食べたギリシャ人の高僧が大絶賛したという伝説の料理だ。
本来はニンニク自身を肉に空けた穴に差し込むのだが、今回は手順と材料を変えて挑んだ。が、本来のアリスタに近い味わいが出せたのではないかと礼治郎は思う。
しかもケバブのようでもあり、炭火焼のような味わいがあり、何ともいえない美味しさだった。遠赤外線が生み出す味わいが漂っている。
ハーブの鮮烈さと豚の脂っぽさが相殺され、濃厚でいて爽やかな旨味が口いっぱいに広がった。
パイアの肉は正直上質だった。豚のステーキはあまり好みではない礼治郎であったが、パイアの肉は美味さの構造が豚肉より立体的だと思う。
礼治郎はまたも〈
「食いたい奴は並べ!」
礼治郎の号令で一気に40人を超える列ができる。
切り分けたステーキサイズの肉を食パン一切れに乗せると、それを配っていく。
パイア肉を口にした者はことごとく絶賛を口にし、大いにはしゃぐ。
「レイジロー様が朝配るパンもうまいが、これもうまい!」
「こんな御馳走初めて! 食べると口いっぱいに美味しいのが広がって!」
「パイアが美味しいなんて知らなかった! 毎日でも食べられるよ!」
行列は長くなっていき、64人目に渡そうとしたときに礼治郎は驚く。
並んでいたのはナフィードであった。
「ほほう、パイアの肉を食べられるところまで持っていくとは感心するばかりである。まさかやってのけるとは――」
「お陰様で、みんなから教わった魔法を駆使して何とか。でもこれで難民たちの食料事情がすこし変わると思うんですよ」
「ご明察――してこの料理はどんなお酒が合うと思われるのである?」
「多分、ワインだと思います? 白でも赤でもどっちでも」
それを聞いたナフィードはすぐに取り出した赤ワインのスクリューキャップを外すと、パイアのアリスタを一口かじった後に赤ワインをラッパ飲みした。ミディアムボディのチリの赤ワインだ。
「これは美味! いやはや普通の豚よりもイけるであろう! まさかの大当たりである」
「おお、絶賛! うれしいです」
食料問題解決に大きな一歩を歩んだ! と思ったが、すぐに欠陥に気づく。
「あれ……パイアがいなかったら、そもそもこの話は成り立たないよな。そんなしょっちゅう、パイアが現れるわけないものな」
礼治郎がこんな単純な穴に気づかないとは、相変わらず自分は粗忽者だと断罪した。
ナフィードはそんな礼治郎に声を掛ける。
「レイジロー、それは情報不足である。ここ周辺にパイアは定住しているのである。まさかとは思うだろうが、広域探知した時に複数の個体を見た」
「えっ、本当ですか!」
礼治郎はそういえば〈王蛇の穴〉から出てすぐにナフィードに周辺を見てもらったことを思い出す。ナフィードの〈感知〉〈索敵〉は礼治郎とは段違いであったのだ。
わずかな時間でそこまでわかるのかと感心する。
パイアを再び捕らえられる可能性があるのはわかったが、ここにいるのは子供たちが大半。
パイアは一頭で300人の1日1回の食事になるだろうが、大人であっても数十人が狩りには必要であろう。
やはり食べ方がわかっても、簡単にどうにかなる話ではない。礼治郎がそう思っていると、何やら歓声が聞こえてきた。
子供たちが興奮して、駆け回っている。
目で追うと子供たちは正門に向かって駆けているのがわかった。
何事か――そう思っていると、正門から騒ぐ一群がいるのが目に入る。
そして豪快な笑い声が聞こえる。テンジンの声だった。
礼治郎はテンジンを中心とした人だかりが生まれていると察し、観察していると驚くモノが目に入る。
テンジンがパイアを片手でお手玉しながらこちらに向かってきているのが見えた。
「ゲッ! 何をやっているんだ!」
パイアを持ち上げたテンジンを大勢の男子が熱狂的に取り囲むという絵に礼治郎は不安になった。
思わず駆け寄り、テンジンに問いただす。
「な、何をしていたんですか、テンジンさん! 子供たちに何かしたわけではないですよね?」
「当たり前じゃろうが。毎回毎回オドレはワシを何だと思っておるんかのぅ。ワシはここに侵入しようとしたパイアをガキどもと倒しただけじゃけん!」
そういわれ、改めて見ると10人以上の男子が槍を手に誇らしげにしていた。
テンジンが持つパイアにも複数の刺し傷があった。
男子たちが仕留めたのか、と思ったがそんなことができるわけがないと、すぐに判断する。それよりも子供たちがパイアと対峙したのかが気になった。
「子供たちに戦わせたのですか?」
「そのガキどもの意志でな。無論、ワシは不本意ながらガキが怪我をせんように見よったがな」
「子供たちがパイアと戦いたがった? 嘘ですよね?」
「はあ? 〈使役化〉しとるのならばわかるじゃろう。ここにおるガキどもの半分近くが戦闘訓練を受けとると」
テンジンの言葉に礼治郎はハッとなる。確かにこの世界は魔獣と戦うことを想定して生きている者が大半であると聞かされていた。
ギャロス王国でも少年兵が定期的に魔獣との戦闘訓練をしていた光景を目にしている。
しかし前の世界の倫理観が抜けない礼治郎は、狩りが子供たちを危険に晒しているという感覚が消えない。
礼治郎がどうするべきかと思っていると、ナフィードが語り掛けてくる。
「粗暴なテンジンであるが、練兵も戦いの指揮も的確で信頼してよいのである。まさかと思うだろうが、テンジンは武人として超一流の手腕の持ち主なのである」
「ぬかせナフィード! ワシは戦士としても軍師としても超超一流の武人じゃけんのぅ。敵は全滅、味方は無傷なぞ造作もない!」
テンジンは鼻息荒くふんぞり返る。
「わ、わかりました。テンジンさん、子供たちを鍛えてくれて感謝します!」
礼治郎は降伏したようにテンジンに頭を下げた。
「そうじゃろうそうじゃろう! ワシはやるべき時はやる男じゃと知っとくのじゃ! ハッハハハハハ」
テンジンは上機嫌で高笑いした。
礼治郎はテンジンが何の打算もなく人間の子供を庇護するとは思わなかったが、機嫌を取っておくことは悪いとは思わない。
テンジンの取り扱いを間違えれば、この町どころか全人間全員が被害を受けることを改めて肝に銘じた。
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