第17話

 しかしやはりヴァラステウスのアドバイスが欲しいと思い、探し出す。

 ヴァラステウスの目撃者がいないか、探しながら歩くと、この町がかなり大きいことに気づく。とても一夜にしてできたものだとは思えない。

 速足で5分歩いても町を完全には横断しきれないのだ。

 建物がなく土がむき出しのエリアに出ると、そこでヴァラステウスを見つけた。

 妖精王は地面に指を挿すと、できた穴に袋から取り出した何かを落とし、埋めると2メートルほど移動する。それを休まず繰り返す。

 そんな妖精王の働く姿を、多くの少女が好奇心を込めて見つめていた。

 礼治郎が等間隔で何かを埋めているのだと理解する。


「ヴァラステウスさん、何を植えているのですか?」


「これはアムブロシアという樹になる種でござる。様子を見ながらであるが、魔法で急成長させたいと考えておる。お主から許しをいただきたいが如何か?」


「もちろん許可しますが、あの、どんな目的で植えた樹なのですか?」


「うむ。この樹は普通に陽の光と水でも育つが、魔力でも育つ特性があるでござる。成長し、果実を生やすのだが、その果実は甘味は少ないが、滋養がつくで候」


 ヴァラステウスは聡明な顔貌に、快活に映る笑みを浮かべる。


「それは素晴らしいですね。魔力で育つというと、例の龍脈から力を得るのでしょうか?」


「左様――魔力の量と質によって、果実は変化するのでござる。この地であれば大人でも1日1個で満足できるモノが、樹1本で1日5個は実らせると予想できるのでござる」


 それを聴き、礼治郎はアムブロシアという樹が、通常のものではないと理解する。魔樹ともいえる特別なものだと想像した。

 ヴァラステウスの行動はここにいる難民たちの食料を考えてのものだろうと察すると、やはり有能であるなと思うしかない。

 礼治郎は自分がすべきだと思うことを、ヴァラステウスとナフィードが先んじてやっていると理解する。


「と、なると、俺は――あれをやっちゃいますか!」


 礼治郎は己に告げるようにそう言った。

 自分がなすべきことがはっきりわかり、実践・実行しようと動き出す。




 礼治郎が移動し、作業に取り掛かった場所は石の柱で石の屋根を支える四阿のような場所であった。何のために作られたものであるかはわからないが、大きな石の机があったので作業するに打ってつけだった。

 礼治郎が石の机の上に取り出したのは、巨大猪パイアである。

 時間経過が起きない〈保管空間インベントリ〉に入れておいたので、まだ血抜きも済んでいない。


「よし、まずは血抜きからして、〈温度調整〉、つぎに解体だな! 何匹で成功するか――」


 礼治郎はパイアを食用肉にできるか、挑戦する気だった。

 購入した漫画「実践! 解体ジビエ野郎」には詳細に鹿や猪やらの解体の方法が載っていた。この世界の肉屋とも話したので、礼治郎は大まかには解体の知識はあるつもりだったが、漫画を読むとやはり至らない点がいくつもあったことに気づく。

 一つは食道から肛門、膀胱、胃袋はかなり繊細に扱い、排除しなくてはならないという点であった。

 もう一つはできるだけ冷やすことだ。肉は死んでからすぐに腐敗が進行するので、できるだけ冷やすことが鮮度の面で重要であったのだ。

 全て練度が必要な作業であったが、礼治郎にはある程度対応できる自信がある。

 それは魔法で解体を効率化させるということだった。

 〈浄化〉〈洗浄〉で汚れを失くし、〈風〉で肉を切断、〈温度調整〉で肉の温度を下げる。排除すべき部位は破れないように〈補強〉を掛けてから取り外していく。

 また作業のたびに〈鑑定〉を使い、食用にできるかの糸口を探すことが重要であった。

 多くの魔法は、テンジンたちを〈使役化〉したことで獲得したモノである。


 魔法を使うとはいえ、魔獣が食えるという事実が広がれば助かる人も多いだろう!


 魔獣を食べる技術が確定できれば、この世界の食糧事情も少しは変わるように思えた。

 

「おっと俺自身にも〈倍化〉、〈身体強化〉と〈身体調整〉で能力を補強しよう!」


 魔法の訓練も兼ねての解体作業になる。

 「実践! 解体ジビエ野郎」がありがたいガイドラインにはなってくれるが、魔臓や魔膜というやっかいな魔獣独自の臓器は自分の裁量で扱わなくてはならないのだ。



 礼治郎がパイアの肉と格闘して、1時間過ぎるとだいたい部位ごとに切り終えていた。

 4時間はかかると思われたが、魔法による調理、魔法での身体補強で想像以上に早く作業が進んだ。

 切り分けたパイアの肉は部位ごとにビニールに分けて入れて、魔法で熱を奪っている。

 気が付くと周りを20人ばかりの子供が取り囲んでいた。

 臓器などもあり、かなりグロいビジュアルになっていたが、畜産が身近なのか拒否反応も示さずに見守っている。


「ねえねえ、レイジローさま、何やっているの? 魔獣は食べられないんだよ?」


 10歳ほどの少年があきれ顔で言っていたが、礼治郎は少し考えてから返答する。


「食べられないかどうか、もう一度、確かめているんだよ。魔獣が食べられたら、すごくいいと思うんだよ」


 礼治郎の言葉を聞いても、子供たちは「無駄なことをしている」という評価を改めない。

 

「さてと……」


 礼治郎は部位ごとに食べられるかどうか確かめるために、〈鑑定〉を細かくかけていく。 

 まずはパイアの肉全体を〈鑑定〉すると――。


 〈鑑定〉結果――パイアの肉。食べることはできない。有害な要素があることもさておき、呪いが掛けられている。


 と出た。「食べることはできない」という言葉に落ち込んだが、「呪い」というワードは初めて目にする。

 「呪い」とは何であるか、礼治郎には今一つわからない。だが会得した魔法に〈解呪〉というモノがあるので試しに使ってみることにした。

 礼治郎は魔獣の肉に手を向けて〈解呪〉を行使する。

 〈解呪〉を行った後に〈鑑定〉を再度試みる。


 〈鑑定〉結果――パイアの肉。一部食べられる。食べられる部分は栄養豊富。

 

 と評価が変わった。礼治郎は小さくガッツポーズをした後に、再度考える。

 「一部食べられる」とは何を指すのかが見当がつかない。

 わからないので「実践! 解体ジビエ野郎」を手にし、パラパラとめくるとある記述に正解を見た気がした。


「E型肝炎ウイルスか」


 E型肝炎ウイルス――主に水で繁殖し、人の体内に入ると肝臓で増殖し、発熱、腹痛、吐き気などの症状を巻き起こす。野生の動物が多くE型肝炎ウイルスを宿しており、人が非加熱で食べた場合に感染することがある。

 そういえば、〈浄化〉は外皮にしか影響がないのかもしれないと礼治郎は思い、改めて部位に個別で〈浄化〉を行う。

 すると〈鑑定〉の結果がまた変わった。 


 〈鑑定〉結果――パイアの肉。栄養豊富で美味である。


「やった! やった!」


 工程はそれなりに複雑であるが、魔獣の肉が食用までにもってくることができた。

 しかも改めて見ると、その肉の量は相当なものである。


「これは凄いよな。一匹で凡そ2トンはあるんじゃないか? 300人が食べるとすると、一人66グラムぐらいか。まあまあ悪くない!」


 礼治郎の喜ぶさまに、子供たちも興味津々になる。


「もしかして食べられるの?」


「ああ、そうだよ! まったくの無害で美味しいぞ! たぶん」


 「わーっ!」と喜ぶ子供たちの声を聴きながら、礼治郎は〈保管空間インベントリ〉から大金網と加熱台を取り出す。

 パイアの肉でライブクッキングをぶちかますしかないと考えたのだ。


「アリスタをやってやる!」


 礼治郎はあらかじめ大量に買い込んでいた調味料を〈保管空間インベントリ〉から出す。〈ラッキースター〉の月間売上高を満たすために調味料もあるだけ買い込んでいた。

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