第16話
礼治郎は日の光を顔に受けて、目を覚ます。
窓も扉もない家であるが、太陽を浴びて目覚める朝は爽快といってよかった。
〈石町建設〉で出来た家は、やはり大雑把であるが、機能性がゼロというほどひどくもない。
石のベッドに、ぼっとん便所、キッチン、小さい風呂が畳7畳ほどの空間に備わっている。
礼治郎は異世界での初めての自分だけの家に満足しながら、独りでいる自由も満喫していた。現在は石のベッドの上に平たい〈防御〉を展開して寝そべっている。
ここ最近はずっと3王が近くにおり、気が休まることがなかったのだ。
「やっぱり、一人で過ごすって最高だな~」
礼治郎は〈
自分にやるべきことがあることはわかっていたが、どうにもまったりとする時間が必要だと思い、強引にくつろぐ。
昨日はひどく精神が大きく摩耗し、休息の必要を覚えていた。
特に〈治療〉には心底まいった。魔法を通じて知った人体・生命というものが、礼治郎には厳しく重いものに思える。
また、他人の生命を預かるということの責任がこれほど重いとは想像もしていなかった。
「ははは、俺みたいな凡人が難民を救うとかちゃんちゃら可笑しいわな」
自嘲を含め、思わず笑う。とてもではないが、300名近い見ず知らずの幼い命を預かる器ではないと思う。
同時に見捨てて先に行くほどドライになれないこともわかっている。
「ああ~、面倒くせ~、なんで俺なんかがこんな立場に立たされるんだ……」
思えば数々の店の店長になったのもこんな具合であったと思い出す。断れない性格で無駄に前向きなことで矢面に立ってしまう自分に強く失望していく。
優柔不断は自分も周りも不幸にする――。
となると今後は当初の通り、前の世界に戻る方法を探すことと、一緒に転移させられた設楽たちとの合流を果たさなくてはならないと考えた。
無論、ここである程度、子供たちだけで生活できる目途を立ててからになるが――。
食事・自衛・衛生・秩序……考えるべきことは山積みだと思う。
考え込んでいると、礼治郎に声がかかる。
「おいおい! ワシらを待たせりんさんな!」
声に驚き、顔を上げると家の中をテンジン、ナフィード、ヴァラステウスの他に大勢の子供たちが、遮蔽物のない窓から戸から礼治郎を見ていた。
顔には空腹を訴えている雰囲気が漂っている。
「は、はい今、行きます」
おいおいプライベート!! ――という言葉を飲み込んで、礼治郎はオニギリを喉に押し込むと、ベッドを降りた。
たちまち終わってしまったくつろぎの時間が再び来ることを、願わずにいられなかった。
300人の食事の配給はスムーズに済んだ。前日に前金で〈ラッキースター〉に「サンドウィッチ1200人分」を予約していたのが功を奏した形である。
一人に付き、サンドウィッチ4つを持たせ、夜間までつないでもらう形にした。やや多いと思うが今は栄養が必要と判断してたっぷり渡していた。もちろん、他人から奪うのは厳禁であると通達してある。
獣人たちは前回と同じメニューだったが、喜んで食べていた。
他にはチョコレートとポテトチップス――飲み物も一人に2ℓ飲料水とジュースを1本ずつ渡した。
無論、〈
ちなみに〈世界家〉の者たち23人を養うために、一日8万円の金が消費されていく。
特に「ある分だけ買って欲しい」と言われる物がいくつかあるために金がかかったのだ。
牛乳、ヨーグルト、チーズなどの乳製品、ハンバーグ、チョコレート、グミ、乾き物、漬物、たこ焼き、コーラなどを「ある分だけ」要求されている。
食糧問題を一先ず終えると、次に何をすべきか考える。
ざっと思い当たるのは、〈支店召喚〉以外の食料の調達手段、衣類の調達、自衛する手段の確立ではないかと、礼治郎は思う。
自分しか使えない〈支店召喚〉を皆が頼りにしても先がないのは確かである。
やはりヴァラステウスの意見が必要だと思い、動き出そうとすると、ナフィードに話しかけられる。
ナフィードは相変わらず片手には酒、今はジンをちびちびと舐めながら、リラックスした様子であった。
「レイジロー、貴殿にまたも魔法・召喚の許可をいただきたいのである」
「何のための召喚なのか教えてもらえるでしょうか?」
「まさか教えないとでも思っているのではあるまいな? ふふふっ、召喚は2つである。一つは繊維を生み出すアラクネという蜘蛛の魔獣を招くのである」
「蜘蛛ですか? その……人を食べたりはしないですか?」
「種族自体は何でも食べるが、彼女は酒が主食でな。酒さえあればいつまでも生きていけるのである。アラクネがおれば衣類の生産は盤石になると思ってよいのである」
酒と聞いてナフィードと気が合いそうな魔獣だと礼治郎は思う。しかも酒で衣類が手に入るならば願ったりである。
「もう一種類は何ですか?」
「水の魔獣――アーヴァンクと呼ばれるモノで地下水をこの街に吸い上げるのに一役買ってくれるのである。こ奴がおれば、台所に水がわき、風呂にも水がためられるようになるのである」
「それは凄いですね! 地下水が確保できればこの町の環境は大きく変わりますから」
「いかにも――ただ少々やはり食い意地がはったところがあり、連中の行き来する井戸・水道に定期的に肉を放り込まないと、仕事を拒否されることがあるのである」
「なるほど――でもそれぐらいならば何とかなりそうですね。召還をお願いします」
礼治郎の言葉にナフィードは恭しく頭を下げたが、不意に顔を上げる。
「おっと言い忘れる処であったのである。昨日召喚したブロブを町の中の下水溝に入れたと報告するのである」
「え~と……ブロブ、とは何ですか?」
「まさかそこから報告していなかったか、失敬。ブロブは動物の排せつ物を好んで食べる不定形の魔獣である。食べるほどに増えていくが、衛生を保つのには欠かせぬ存在なのである」
「そういえば昨日、云っていましたね! あ、その魔獣を下水溝に入れたのですね」
「うむ。周辺を掃除した後に移動させたのである。すべての家に定住するまで今一つ時間は掛かるが、ブロブがいれば糞尿を媒介とする伝染病なども抑制できると考えてよい。また純度の高い塩硝を排泄するので、生産性も高い魔獣でもあるのである!」
「へえ~素晴らしい魔獣ですね。一応聞きますが、ブロブは人を襲ったりはしませんか?」
「まさか――人の体に触れても垢を食うぐらいなものであるぞ」
礼治郎はヴァラステウスも凄いと思ったが、ナフィードも負けずに有能なのだと思った。町を形成するのに必要な魔獣をすぐに用意するなど誰でもできることではない。
3王はそれぞれ国を治めていたという話は完全にあてにできるものだと認識する。行政などを相談するのに申し分のない相手だと考えた。
ナフィードによると、すでに役に立つ魔獣の滞在用の施設はヴァラステウスが用意しているという話なので、余計な口出しはしないようにと礼治郎は決めた。
ナフィードが召喚するために動き出すと、その後を少年少女が笑顔でついて歩く。
クールな美男であるが筋骨もたくましい魔王は、男女問わず魅力的に映るのだろうと礼治郎は思う。
よし! 俺も動こう。
今日これからやるべきことはざっくりとだが、礼治郎にもプランはある。
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