第14話
だが礼治郎の一日はまだまだ終わらない。
「ちょうど都合がよい。それがしが見守るからお主は〈治療〉の稽古をするでござる」
ヴァラステウスに首根っこを捕まれた礼治郎は、ある兵士の前に連れていかれる。
兵士は左手を二の腕から失い、右足首がなかった。目にも包帯がまかれ、一目で重傷とわかる。
生々しい怪我に礼治郎は大いに怯んだ。
だがヴァラステウスがいいたいことは察しがつく。
「今のわたしならば、この方を死なせないことができるというんですね?」
「左様。今のお主ならば、相当な〈治療〉は可能でござる。ただ〈治療〉を使いこなすのは実践以外ないというところがあってな。こういう時に経験を積むでござる」
「は、はあ……」
礼治郎は正直、今は新しい技術の習得は回避したかった。急激な〈
自分の激しすぎる変化を受け入れる準備が整っていない。
さらに人の生き死にを左右する〈治療〉など、責任が重くて使う気が起きないのだ。
だが妖精王はそんな繊細な気持ちを考慮したりはしない。
「それがしが流し込む力の波を保ち、そのまま、怪我人に伝えるでござる」
礼治郎は何のことかと思っていたが、ヴァラステウスに背中を掌で触られると、暖かい波動を覚えた。
暖かい波動は礼治郎の全身に緩やかに、穏やかに広がる。
なるほど――これが〈治療〉の力か。これを怪我人に伝えればいいんだな。
礼治郎は受け取った波動をかき集めようと意識し、すべてを左手に移動させようと試みる。
上手く行ったと自負しながら、礼治郎は重傷の兵士に触れた。
「うおおおぉ~!!」
触れられた兵士は絶叫を張り上げた。何が起きているのか見学していた全員が理解する。
まるで風船が膨らむように兵士の欠損した腕が、左腕の傷口から生えていく。無くなった右足首も巻かれた布を引きちぎって登場した。
再生が進む兵士は全身を激しく痙攣させ、胸が不自然に膨らんでいく。特に左胸、心臓が外からでも肥大しているのがうかがえた。
「え? えぇ? ど、どうすれば?」
兵士の異常を生み出した礼治郎はただ狼狽するだけだったが、ヴァラステウスは違う。
悶える兵士の左胸に手の平をかざすと、状態の異常を緩和していく。
1分ほどで痙攣も収まり、呼吸が整うと兵士は目に巻かれた包帯に自分の手を伸ばす。
包帯を取ると、眼も損傷がまったく見受けられなかった。
「め、目が見える! えぐられた目が復活した~! あ、足も腕も生えてきている! あ、ありえない」
体の欠損を全て取り戻した兵士は歓喜し、涙を流し絶叫する。
だが、礼治郎は〈治療〉を失敗しかけた事実に怯え、戦慄する。
正解を言うようにヴァラステウスはいう。
「お主はそれがしが渡した波動を取り逃がしかけ、慌てて捕まえ、無意識に補強してしまったでござ候。今、治療どころか、全身の血管を破裂させかけたでござる」
礼治郎は青ざめながら、ヴァラステウスの分析が正確であることを理解する。
治癒の波動を自己流に模倣し、補強したような感覚が確かにあった。また治癒する力は強ければ強いほどいいと思い込んでいたことを自覚する。
今、人を殺しかけた――そんな巨大な負い目が礼治郎を飲み込もうとしていたが、ヴァラステウスは更に言う。
「失敗はしたが、お主はなかなかに筋が良い。治癒師が体得するのに5年は掛かるであろう波動の模倣をしてのけたのでござるのだから」
「いやいや、おだてても、もうやりませんよ……」
礼治郎はそう言いかけたが、目の前に徐々に怪我人が集まってきていた。
重傷者も運ばれてくる。
死ぬか大怪我を負って生きていくしかない者が、希望を込めて礼治郎を見つめる。
「いや……そんな――嫌、でも無理だし……」
礼治郎は未熟な〈治療〉を用いた人体実験から、棄権することができなくなったのを感じた。
ヴァラステウスを見ると、悪魔のような菩薩のような笑みを静かに浮かべている。
礼治郎は大きなため息をつき、己の顔を叩く。
や、やってやるよ! 妖精王が逃げ出したらそこで俺も逃げる!
そう礼治郎は後ろ向きに腹をくくると、〈治療〉の魔法の特訓に集中することにした。
礼治郎の〈治療〉実習は2時間ほど、14時から始まり16時ごろに終わっていた。
子供たちを含む計37人の治療を行ったのである。中には虫垂炎、脱腸――癌の者までおり、あまりの難易度に礼治郎は何度も心が折れた。
だが穏やかだが、決して手綱を緩めないヴァラステウスは礼治郎をスパルタでしごいたのだ。
医学にほぼ無知であった礼治郎であったが、人間の体の部位について短期間でかなりの知識を得るにいたった。
治療を終えたあと、礼治郎は30分気絶する。
「あっ、そうだ! 今日。どうやって夜を過ごそう!」
目覚めると同時に直面している問題に礼治郎は気づく。
自分たちは元より、この300名の難民をどうするべきなのか考える。
礼治郎自身は、〈蒼天の義勇団〉在籍時に20日近く野宿を体験済みではあるが、子供達や怪我人には良くないと考える。
その上、雨でも降れば死人さえ、出かねないのだ。
〈ラッキースター〉とその周りで寝ても100人が限度かとも思う。
ふと顔を上げると、テンジン、ナフィード、ヴァラステウスが何やら話し込んでいるのが見えた。
特にヴァラステウスが熱心に語っているように、礼治郎には映る。
ヴァラステウスはテンジン達との話を終え、一人になっても思案するのを止めない。
ブツブツと独り言を言い、グルグルと円を描くように歩いた。
そして3分に1回ほど地面に手を当てて、また考え込む。
礼治郎がヴァラステウスを訝し気に見ていると、ナフィードに話しかけられる。
「貴殿から我が輩が魔法を行使をする許可をいただきたい」
「どんな魔法を使うのですか?」
「周囲を清掃する魔物を召喚する。我が輩と古くから契約を結んでいる魔物を招き、この周囲を綺麗にしたいと思うのである。まさか貴殿も、この辺りを清潔とは思うまい?」
ナフィードの指摘は礼治郎も納得である。300人もいれば生理現象で環境が悪くなるのは当然だった。
「ありがとうございます! もちろん許可します」
そういうとナフィードは礼治郎に会釈をすると、歩き出す。
ナフィードのすることにも興味があったが礼治郎は、やはり野宿のことでヴァラステウスから意見が聞きたいと声を掛ける。
「あの、ヴァラステウスさん、相談があるのですけど――」
「お主は、人が住む屋敷には何が必要だと思案するでござる?」
「い、家ですか? そうですね、まずは寝室、寝どこですね。あとはトイレ。トイレは清潔なものがいいです。あと水が飲める、水道とか欲しいですね。まあ風呂はできれば欲しいです。それから空調も」
質問をしようとした礼治郎は、逆に質問に答えた。
その答えにヴァラステウスは顔を歪め、またもブツブツとつぶやく。
「水道とは? まあ確かに水は飲める場所はいずこかに設けるべきでござるな。厠はやはりスライムだな……ふむふむ、だが不可能ではござらん」
礼治郎にはヴァラステウスが何を考えているのかがわからない。
だが、礼治郎は再び空腹な者がいないか気になり、難民の中を周り、食べ物を供給し終えるまで妖精王のことは忘れた。
一仕事終えた礼治郎が一息つくと、ヴァラステウスが近寄ってきて、膝を折り、かしずく。
「偉大なるレイジローよ! 大規模魔法を行使する許可を求めるでござる。また魔力の補助を所望致す!」
礼治郎は妖精王の瞳に、悪戯をたくらんでいるかのような輝きを見い出す。
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