第13話
礼治郎は、〈ラッキースター〉に入ると、まずは惣菜パンとサンドウィッチとエネルギーバー、そして飲料水を根こそぎカゴに入れて、会計する。
「店員さん、前払いでこの四倍買いますので、追加注文お願いします!」
〈ラッキースター〉は商品発注システムが充実しており、予約や品切れに素早く対応することで知られていた。
店長であった礼治郎は、補充さえ行われれば300人の胃袋を満たすのはわけないと判断する。
まずは怪我人から――というヴァラステウスのアドバイスに従い、礼治郎はパン等を配って回る。
誰もが〈ラッキースター〉の突然の登場に度肝を抜かされていたが、空腹には勝てない。すぐに渡された食べ物に目が行く。
「食べ物を包む透明な膜――ビニールは食べないでくださいね!」
礼治郎は叫ぶようにいい、ビニールを外しての食べ方を実演した。
次にハムやソーセージなどのおつまみ系を全て購入――これはまさに人々の周りにばらまいて回る。
続いてソフトドリンクを含めたノンアルコールな飲み物を買い、これも投げつけるように配布する。
その次はチョコレートを全種類を全部買う。子供の多い難民にはこれは圧倒的に支持を受けると判断し、開封しながら、直接手渡ししていく。
手にし包装をはがし、口に運んだ子供たちはすぐにほほ笑む。
「甘くておいしい~! お兄ちゃん、ありがとう!」
「んめ~! こんなの初めてだ!」
食料を巡って怒っていた子供たちもチョコレートの魔力にすぐに平伏していた。
続いてポテトチップスなどのスナック類を力任せに配布すると、ほとんどの者がすぐに拾い上げる。
ペットボトルに苦戦する人が少なくないだろうと思ったが、ナフィードとヴァラステウスが飲み方をレクチャーして回ってくれたおかげで、水分摂取していない者は消える。
だが、すべてが平穏なわけではない。
一部の者が殴られ、配られた食べ物を取り上げられる事態が起きた。
粗末な身なりの子供たちが集中して暴力を受ける。
「おまえらみたいな貧民は一番最後だ! 食べ残しを拾え、クズども!」
「農奴が俺たちと同じ食べ物を食うな! 分をわきまえろ!」
今度は町民・村民の少年たちが、それ以外の貧しき者を襲う。礼治郎にとって地獄絵図でしかない。
特に5歳ほどの少女に馬乗りになって10歳ほどの少年が殴っている光景に胸がえぐられた。
礼治郎はたまらず割って入る。
「やめなさい! わたしはみんなにできるだけ公平に食べてもらう! 唯一食べられないのは、人に暴力を振るい、奪う者だけだ! 暴力は絶対に許さない!」
そう強く言うと、礼治郎は〈ラッキースター〉に一旦戻り、レジ横の惣菜を全て買って、貧民・農奴・町民・農民全員に配る。
「あたいも食べていいの?」
先ほど殴られていた少女が、震えながら尋ねてきた。
礼治郎は強く頷く。
「もちろんだよ! お腹が減ったらわたしに云って! 何とかして食べ物をかき集めるから!」
そういうと、少女は笑顔で手にしたメンチカツを頬張った。
「美味しい! すごく美味しい!」
それを聞いた礼治郎の胸は熱くなる。次に町民・村民の少年たちに向くと「カッコいい奴になれ!」と一言言って、〈ラッキースター〉に戻った。
アクシデントは他にもあった。
獣人の子供も15人ほどいたが、皆の集まりから離れて立っており、食料を配るのが遅れた。
走り寄り、手渡そうとすると獣人たちは逃げるように距離を取る。
「おいおい! お腹減っているんだろう? 食べ物ならいくらでもあるから」
そういうと、足を止め、ゆっくりだが、戻ってきた。
犬耳の10歳ほどの少女が体を低くしながら、礼治郎に近寄る。
「ぶ、ぶったり、首輪をしたりしない?」
「もちろんだよ。パンやチョコをいくらでも……」
と言いかけて、礼治郎の背中に冷や汗が流れる。
確か、犬や猫にネギなどの刺激のある植物や、チョコレートを与えるのはダメだと思い出す。
「え、え~と、君たち、それぞれ食べちゃいけないものがあるよね? それを教えて」
「ニンニクとか玉ねぎとか、ダ、ダメってママがいってた」
と猫顔の少年がいった。
「わたしは卵とか牛乳とかもよくないって……」
とインコ顔の少年が申告する。
礼治郎は腕を組んで考える。こんな状況で中毒が起きる可能性のある食べ物をあげるわけにはいけないと。
「し、しかたない。背に腹は代えられない……」
悩んだ末に、ペットフードをあげることにした。
侮辱だと思われたりしたら、すぐに撤回しようと考えた。
犬獣人と猫獣人にはそれぞれドライと缶詰のドッグフードやキャットフード、鳥系獣人には炊く前の十穀米と無洗白米を渡した。
皆恐る恐るといった様子だったが、食べ始めると好評を受ける。
「初めて食べるけど、美味しい! このコリコリしているの凄くいい!」
「食べたことがない穀物だけど悪くないよ! バクバクいける!」
礼治郎はホッとしたが調子が悪くならないか、あとで様子を見に来なくてはならないと思う。
〈ラッキースター〉の前に戻ると大きな声を出す。
「まだ食べられる者、集まって~!」
礼治郎が集合を掛けると10歳を超える者が次々と集結し、60名に達する。
礼治郎はいきなり米の弁当は抵抗があるだろうと、パスタを次々と買ってはレジで「温め」を頼む。
さらに購入した冷凍食品をレジ横の2台の電子レンジに突っ込んでいく。
冷凍スパゲッティ&冷凍グラタンを含むと数は充分であったが、60名に配布するのに1時間かかった。
ありふれた冷凍食品ではあるが、未知の食べ物に感激した者は少なくない。
「こんな美味いもん、食ったの初めてです! ツルツルしてて、甘辛くて、ガツガツ食えます!」
やや肥満気味の少年がミートスパゲティを口に入れながら言った。
「舌も口も熱いのに食べるのが止められない! こんな魔法の食べ物、いくらでも食べられるよ!」
茶毛のおさげの少女が興奮しながらドリアをかき込む。
「よし! また何か食べたい人、飲みたい人はいってね!」
礼治郎が額の汗をぬぐいながら言うと、テンジンはレンジ麺、ナフィードは缶酎ハイ、ヴァラステウスはドレッシング付きサラダを持ってレジの前に並んだ。
あなた達はあとでもいいだろう――そう言いかけたが、3人とも瞳をキラキラさせていたので言葉を飲み込んだ。
飢餓状態を脱した者たちから、礼治郎は次々と賛辞を受けることになった。
皆、真っすぐな曇りのない目で心からの感謝を示す。
300人以上の顔に笑みがかすかに浮かぶ。
それだけでも礼治郎は満足であった。
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