第12話

 パイアの群れはまさに暴走トラック軍団といった感じで、3王達をそのまま潰す予定らしく、歩みを緩めない。

 だが、一番先を行く一頭が後方に激しく吹き飛ばされると急ブレーキを一斉にかける。

 先頭のパイアは一瞬で距離を詰めたテンジンの拳でぶっ飛ばされたのだ。

 体躯は10倍以上、重さにしても同様のパイアが、大柄とはいえ人サイズのテンジンに殴り飛ばされる図は異様だった。


「な、なんで大きい方が弾き飛ばされるんだよ? 毎度――」


 礼治郎はその物理法則が歪んだ展開にただただ息をのむ。

 テンジンが不敵に笑い、仁王立ちすると、50頭ほどの集団が急停止する。

 そして集団の中央にいた一際大きいパイアが前に出ていく。


「竜人か、何ゆえに我らの邪魔をする? 邪魔をすれば容赦はせぬぞ」


 礼治郎はパイアがしゃべったことに衝撃を受ける。しゃべる魔獣は超希少であることは理解していた。


「猪の化け物がようほえずるのぅ。オドレ、人間を何人食うた?」


 テンジンの言葉にパイアが口角を釣り上げて微笑み、答える。


「100人を超えたところで憶えておらぬ! 我ら魔獣王バロテォの幹部は全員、人の言葉を駆使するなど造作もないわ。中でもこのわし、メデデに並ぶ者はおらぬ」


 テンジンは首だけ後ろに振って背後を見る。


「けけけ、ナフィード、知っているか?」


 竜王は、魔獣王が魔王と関わりがあると予想し話を振ったように、礼治郎に映る。

 ナフィードが浅く頷く。


「まさかバロテォがまだ生きていると――これは驚いたのである。かつての我が部下である」


 ナフィードが額の目まで見開いて驚きを示すと、大猪が低い音で笑う。


 ブホブホブホホォ~!


 まるで金管楽器のホルンを奏でて笑っているように礼治郎には響いた。

 メデデを含むパイアがその巨体を揺らして笑った直後、メデデがナフィードを睨む。


「つまらぬ冗談だ。おまえはかつての魔王『ナフィード』を名乗るつもりか? そのように貧相な魔王がおるものか! その暴言、決して許さぬぞ!」


 メデデは左前足で、地面を派手に蹴る。

 パイアたちが一斉に突撃する気配を読んだ礼治郎は3王に向け、叫ぶ。


「みんな、殺すにしても、なるべく肉体を傷つけないで! できれば脳だけを破壊してください!」


 礼治郎の声をきっかけに戦闘が開始する。


「脳だけかい! やれやれ、オドレは無駄に難易度を上げおるのぅ?」


 体重が4トンを優に超えるであろうパイアがテンジンに突撃を仕掛ける。

 テンジンは十倍以上の怪物の突進に逃げもせずに、対応する。パイアの牙が当たる寸前で左に一歩ずれ、鋭い爪を生やした手を振るう。

 テンジンの手が一閃すると、パイアは右の眼窩から目玉と共に脳味噌が引きずり出された。

 凄まじい凶行によって、テンジンに仕掛けたパイアは一瞬で絶命する。

 パイアは同胞の死に驚くが決して勢いを止めない。

 6割がテンジンに向かい、残りがナフィードとヴァラステウスに向かう。


「まさか脳だけとは――レイジローがそう望むのならばやってのけるのである」


 そういって、魔王は左手だけで缶チューハイの蓋をあけながら、右手からは紅蓮の炎を発した。

 1メートルの棒状の炎は飛んでパイアの眉間に突き刺さる。すると、一気にパイアの頭蓋骨の中に滑り込んでいく。同時にパイアはバタリと倒れる。

 ヴァラステウスはただ自分の前方に、地中から巨石を出現させるだけであった。

 自分とパイアの周りに石の壁を出してはゆっくりと後ずさる。


「うぬらの相手をするのはそれがしではござらん。テンジンのところに行くがよい」


 ヴァラステウスは戦いに付き合う気がないと、正直に態度に出す。

 押し付けられたテンジンは嫌がりもせず、一方的な殺りくに興じる。


「ちいと物足りぬが、狩りは憂さ晴らしには持って来いじゃのぅ!」


 パイアの眼、または頭蓋骨を素手で粉砕すると、続けて脳を掴み出すという荒っぽいことをやっていた。

 テンジンの腕力は強烈無比で、パイアの肉体を無造作に粉砕してのける。

 礼治郎はテンジンの危険さを改めて感じ取っていた。


「はははっ、巨大な獣がいとも簡単に屠殺されていく……」


 ものの2分ほどで50頭のパイアは壊滅状態に陥る。

 最後の一頭が向きを180度変えて、逃走を図った。一際大きいメデデである。

 なるほど、逃げっぷりも才覚の一つか、と礼治郎は思ったが、すぐに逃走はうまく行かないと判断した。


「一頭ぐらいは力いっぱいボコボコにして構わんじゃろ?」


 そう吐き捨てるとテンジンは神速の歩みで一気にメデデに追いついた。正面に回り込むと、力任せに殴り始める。

 すぐさまその巨躯が疾駆を止める。

 足を止めたメデデはテンジンにただただ蹂躙される。

 小山のようであったメデデであるが、受ける一撃一撃で大きく破壊・欠損し、すぐさま絶命した。

 テンジンは誇らしげにほほ笑み、鼻息を荒く吐く。

 あきれたのは礼治郎だけではない。ヴァラステウスが顔を横に振り嘆息をつく。


「まるで700年前に会った時のようではござらぬか。テンジン――若返ったというより幼児化したようでござる」


 ナフィードも同意を示す。


「500年前と大差はないのである。避難勧告をしたとはいえ、一夜で黒ドワーフの都市を完全に消し炭にした時のこと、まさか忘れることなどできないのである」


 それを聞いて、礼治郎の血の気が引く。改めてテンジンを野に放てば人々の脅威になる存在なのだと再確認できた。

 ともかく大東森地方の難民たちを守れたことには安堵する。


「さすがというか、何というか。うん、脅威は去ったんだな」


 といった礼治郎は、自分が何もしていないことを自覚する。

 さらには、50頭も倒したというのに〈解脱レベルアップ〉が起きていないことに気づく。ナフィードの話では使役化した者が倒したモンスターの霊気は、主人にも入り込むということだった。

 礼治郎は、自分がパイア50頭程度では〈解脱レベルアップ〉が起きない存在になってしまったのだろうと、考察する。


 

 

 礼治郎はパイアの死体を全て〈保管空間インベントリ〉に収納する。電車3両はあろうかというペルセフォネも4匹入っているので、〈解脱レベルアップ〉によって相当な容量になっているだろうと思う。


 それはさておき、難民のみんなはこれで自分たちへの印象が変わっただろう。


 魔獣にむごたらしく食い殺される未来を回避させた自分たちを、化け物ではなく英雄視してくれるのではないかと礼治郎は想像する。

 だが、難民たちの間で、予想外のことが起きていた。

 子供たちが数十人で殴り合いをしていたのだ。

 ただの取っ組み合いではない。拳で顔面を殴打し合い、石を投げつけていた。


「な、何事だよ!」


 気づき、礼治郎が駆け寄った時には決着がついていた。体の大きい少年の一派が負け、泣きわめいていた。

 状況がわからずあたふたする礼治郎に、片足がない兵士が語りかける。


「町の子が、あんたらが戦っている間に、村の子たちの果実を盗んで、大喧嘩になったのさ」


「え~、そんなことが!」


「ここにはロクに食っていない子が大勢いる。かくいう俺も丸一日、食べていない……」


 礼治郎はこの丘に集まった人々の顔を改めて見る。誰もが疲れ、飢えていた。

 とてもではないが、自分には関係がないとは言えない。

 〈支店召喚〉はおいそれと人前で使ってはいけない魔法だとは思うが、躊躇っている場合ではないと判断する。


「俺、〈支店召喚〉を使いますね! あとあと問題になるかもしれないけど」


 鼻息を荒く言う礼治郎にヴァラステウスは冷静に返す。


「由々しき事態にはならぬでござろう。お主から食事を振舞われた者たちは、お主が『他言無用』といればそれまででござる」


 ああ、コンビニ飯を食べると〈使役化〉しちゃうのか――と一瞬躊躇したが礼治郎は、今はそれどころではないと割り切って見せる。


「〈支店召喚〉!」


 難民たちから20メートルと離れていない、平らな大岩の上に〈ラッキースター〉を召喚・展開する。

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