第11話

 子供たちが集まっている処は、天然の巨石が転がる丘であった。

 そこに相当な数の子供と、負傷した大人がわずかにいるだけだった。

 礼治郎は反射的に〈感知〉〈解析〉を発動する。

 ほとんどの者が生命力が弱く、10人ほどの者が風前の灯火といった状況にあった。

 難民――一見するとここにいる者たちは難民であるように思える。

 礼治郎達はパイアの進行先にいる集団から100メートル離れた場所から観察していた。

 ナフィードがウォッカの瓶を一口あおってから礼治郎に言う。


「ふぅっ~、まさかという状況である。ここにいるのは312名――うち298名が子供で、怪我をした大人が14名。ほとんどの者が飢餓状態にある。このままでは3日以内に半数が死ぬと思われるのである」


 礼治郎は冷静すぎるナフィードの言葉にわずかに苛立つ。が、魔王なのだからしかたがないと思い直す。

 礼治郎は今まさに危険な状況にある人たちに何かしなくてはならないと考える。

 そしてすぐに〈支店召喚〉を行使すべきだと決断した。

 すると、ヴァラステウスが手の平を礼治郎に向ける。

 待てと云っているのだろうと察すると、ヴァラステウスは続いて蓋の空いたペットボトルの水を取り出す。礼治郎が〈ラッキースター〉で買い与えたものである。


「テンジン、ここに血を一滴」


 テンジンはヴァラステウスの要求に不快な顔をする。

 礼治郎は2人のやり取りが意味するところがわからないが、3王たちに願い出る。


「助けられるなら、ここにいる人たちを助けてあげてくれませんか?」


「我ら従者にはそうやって言葉に出して、なるべく迅速に命令すべきでござるぞ。さあ、テンジン!」


 ヴァラステウスがそういうと、舌打ちしたテンジンがペットボトルの上に左手を伸ばす。そして鋭い爪を自らの掌に押し付け、傷をつけた。傷から緑の血が零れると、ペットボトルの中に落ちた。

 唖然とする礼治郎にナフィードが言う。


「竜王の血は万能薬である。たったあれだけで、まさかと思える効果を人間に与える」


 礼治郎は野卑で粗暴なテンジンが竜王であることを改めて思い出す。

 ともかくこれで怪我人などを救えると思ったが、もう一つ重大な問題に気づく。3王の外見である。

 ギャロス王国にもエルフ・ドワーフ、獣人がいたが3王の外見は個性的すぎた。

 だが、ナフィードが角を揺らして群衆に向け、歩き出す。

 その異形に気づいた人々が悲鳴を上げる。


「か、怪物だ!」


「我々を殺しに来たんだ!」


 恐怖が爆発的に広がる寸前に、ナフィードが高らかに叫ぶ。


「聴け! 難民どもよ。我らは偉大なるレイジローの下僕である。レイジローは人間である! 貴殿らを窮地から救い出すために、手を差し伸べるとおっしゃっているぞ! まさか、と疑うことは許されぬぞ」


 断言したナフィードが手で礼治郎を示す。300を超える視線が礼治郎に集まる。

 なんて無茶ぶりをしやがる!――そう思いながらも礼治郎は希望を失いかけている人々の視線に応える。


「え~、ただいまご紹介にあずかりました、礼治郎でございます。我々は決して皆さんに危害を加えません。困っている皆さんの力になりますので、どうか信頼してください!」


 ここは誠意しかないといった感じで、無理やりスピーチを終えて、深々と頭を下げた。

 拍手は起こらなかったが、悲鳴を上げる者はもはやいない。

 空気を読んだヴァラステウスがいち早く動く。


「回復薬があるでござる。どれ、それがしが具合を診てしんぜよう」


 ヴァラステウスはお医者顔負けの物腰と所作で、竜王の血入り水を倒れている者たちに飲ませていく。

 ほんのひと口ほどの水の量にもかかわらず、飲んだ者たちは残らず覚醒していく。

 ようやく300人を超える者たちが、礼治郎ら訪問者への警戒を和らげる。

 礼治郎も間近で難民のような人々を見て、ナフィードの報告通り栄養が足らないと判断する。

 やはり〈支店召喚〉しかないと思っていると、ナフィードが大声を出す。


「皆の者、耳を貸すのである。まさかと思うであろうが間もなく、猪の魔獣、パイアが50頭やってくる!」


 一瞬の静寂の後に、パニックが発生する。礼治郎は絶望を誘う言い方に文句を言おうと思うと、今度はテンジンが叫ぶように言う。


「ふん! 弱弱しい者たちよ、安心せえ。主にワシがパイアどもを粉砕するけん。何、心臓が100の鼓動を打つ前に全て倒して見せるけえのう!」


 野卑だが力強いテンジンの言葉に感嘆の吐息がいくつか漏れ聞こえる。

 礼治郎の側にいる5歳ほどに見える少女がいう。


「お兄ちゃんたち、強いの?」


 礼治郎は戸惑いながらも、頷く。


「まあそうだね。お兄ちゃん以外の、角の生えたお兄ちゃん達はあきれ返るほど強いよ」


 ペルセフォネを歯牙にもかけないテンジンらが弱いことは決してないと思った。

 ともかく状況がまったくわからないので、兵士らしい服装の怪我をした男性に話しかける。


「我々は冒険者でして、長く地下に潜っていました。何が起きているのか教えてください!」


「どうにもこうにも、ここ大東森地方は魔獣の軍勢に襲われ、大混乱中さ。領主の命令で領地内の子供を安全地帯に輸送するために、ここ〈聖母の丘〉に集まったのさ」


「え? ではここからどこかに行くというよりは、ここが目的地なんですか? こんな何もない処でどうやって生きていくんです?」


 礼治郎の問いに兵士は暗い顔で微笑む。


「さあな、策も食料も物資も何もないさ。ただただ子供たちと、戦力にならない怪我をした兵士が集まっているってだけだな」


 魔獣の進攻が大規模で行われているというのは理解できたが、土地勘のない礼治郎は今後の展望が何一つ浮かばない。

 

「ほう、連中、来たであるな」


 ナフィードの言葉に礼治郎は顔を上げると、1キロほど離れている処から多量の土煙が上がっているのが見えた。

 パイアの一団であるとわかった。

 目を凝らすと礼治郎は驚愕する。パイアの大きさが想像以上であったのだ。1頭が小型トラック1台ほどの大きさであった。

 パイアは巨体にも関わらず、駆け、統制が取れているように進行する。

 またもや子供や負傷した兵から悲鳴が上がる。

 そのパイアの一団に向かい、テンジン、ナフィード、ヴァラステウスが悠然と歩きだす。

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