第9話
巨大百足ペルセフォネは礼治郎にはただの生物・魔獣に見えなかった。
節くれだった黒光りする体がまるで戦車や装甲車のように映る。つまりは軍事兵器のようだと感じられた。
「ペルセフォネ、なかなかどうして、久しいのぅ?」
ひときわ大きいペルセフォネにテンジンが声をかける。
ペルセフォネが口元をカチカチと鳴らすと、言葉が礼治郎の脳に直接響く。〈
「化け物たちよ、まだ生きておったか? ククッ、よもやおまえらがムンガンドを殺ったなどと言うまいな?」
礼治郎はペルセフォネがテレパシーのようなものを使ったことに驚いた。またテンジンたちを「化け物」呼ばわりしたことにも驚く。
テンジンが鼻を鳴らしてから、手で礼治郎を指し示し、ペルセフォネに云う。
「ムンガンドを殺ったはここにおるレイジローじゃけん。ムンガンドを一撃で葬った者と事を構えるなど努々思わんことじゃのう」
「ほう……面白い話だが、ムンガンドほど恐ろしいとは思わぬな。所詮は人間であろう?」
「ふん、で、今日はここに何の用じゃ? よもやよもや金銀財宝が目的などと言うまいのう?」
「ここは数日前から我らの縄張りよ。ムンガンド亡き後はこのペルセフォネ一族がこの世界を治める。おまえらは無礼な侵入者だ! ムンガンドにおまえらが朽ち果てるのを待てと言われていたが、それも無効だ」
そう大きなペルセフォネが告げると、後退を始める。全部のペルセフォネが出てきた穴に引き返し、姿を消す。
急速な退場に礼治郎がホッとすると、ナフィードに声を掛けられる。
「これはレイジローだけが頼りであるぞ? 戦う覚悟を持つのである」
「ええ? 『今のうちに速く去れ』ということではないんですか?」
「連中はそんなタマではござらぬ。命の危険がなければ、食べられるものはすべて食べる連中でござ候!」
と答えるヴァラステウスの言葉の後、礼治郎は唐突に、吐瀉する。
おえぇえぇぇ~っ!!
顔色を変えて、胃の中のモノを吐き出した。
「レイジロー、いかがしたか? まさか、何かの攻撃でも受けたのか?」
「いいえ、我慢していましたが、自分、ムカデが苦手で……子供の時からどうにも生理的に受け付けないんですよ!」
我慢していたが、限界を迎える。
やせ我慢し平静を装っていたが、礼治郎はムカデが大の苦手であった。今まで寝ていて6回も噛まれていたのだ。噛まれたのは家族でも礼治郎だけである。つまりは相性は最悪だった。
苦手な上に、超巨大で、話すムカデは礼治郎のトラウマと苦手意識を大いに刺激する。
強烈な吐き気でえずいていると、ヴァラステウスに声を掛けられた。
「ここを生き残るのには、お主が頑張るしかないでござるぞ? 今のそれがしどもの力ではペルセフォネどもを凌げぬ。お主の魔力だけ唯一対抗できるのでござる」
礼治郎はその言葉に咄嗟に覚悟を決める。死を回避することに専念した。
死ぬというならばやるしかない! ど、どんな魔法を使うべきなのか? そうだ、まずは〈ラッキースター〉を出して中に逃げ込むか!
そう思った直後、コマンドウィンドウが視界に展開する。
テンジン、ナフィード、ヴァラステウスに〈年齢操作〉の魔法を施しますか? Yes/No
と、メッセージが出た。礼治郎が予想もしない選択だったが、魔力が形成する意志〈
〈
ええい! もう一人の自分を信じるしかない――礼治郎は半ばやけくそでYesを選択する。
直後、礼治郎は体からゴッソリ魔力が減るのを覚えた。今日一度も使ってない魔力が一気に消えたのがわかった。
ガックリと膝を地に付け、立っていられなくなる。
全身を覆う強い脱力感に驚愕しながらも、礼治郎は自らが行った〈年齢操作〉の効果を目撃する。
竜王、魔王、妖精王の体が白く輝き、ムクムクと大きくなっていった。
「なんとなんと、ワシらを若返えらせるとは、剛毅なことよのう!」
「まさかと思うほどの魔力の流入! レイジローの成長は想像のはるか上を行っておる!」
「まさに唖然失笑、それがしが教えたことをもう再現できるとは、恐悦至極というしかあるまいて!」
身長が1メートルほどしかなかった3老人は、2倍以上の体躯を有するようになっていた。
肌も艶々とした光沢を帯び、たくましい筋肉を備えている。
デザイン的には大きな変化はなかったが3老人は3青年と呼べるほどの若返りを見せ、全身から強い生命力を漂わせていた。
テンジンの肉体が一番変化しており、筋骨隆々となっていた。くすんだ藍色だった肌も南の海のように鮮やかな青色となっていた。
ナフィードも逞しい肉体となっており、鮮やかな深紅の髪を肩まで伸ばしていた。面貌も絶世の美男子といった整ったモノになっている。
ヴァラステウスの変化も小さくはない。鹿角がヘラジカのように大きく伸びていた。また風貌が非常に中性的となり、麗人と呼んでも問題がないように映る。
竜らしい風貌のテンジンを除くと、ナフィードは地球で言うラテン系、ヴァラステウスは北欧系だと思った。
また無駄に3老人のローブが長かった理由も理解する。今はダブダブのローブがしっかり体になじんでいたのだ。
直後、テンジンが浮遊する。
「早速だが、3人でペルセフォネの相手は仰々しいわい。じゃけんワシ一人でええじゃろ!」
言い終えると同時に、テンジンが宙を高速で動き出す。
刹那、大きな炸裂音が複数鳴り響くが、礼治郎はこみ上げる吐き気で再び視線を地に向けていた。
疲労感と恐怖と吐き気で礼治郎は一時的にわけがわからなくなる。
すると間もなくボタボタと何かが地に垂れてきたことに気づく。
「な、何がどうなっている……」
口を拭って顔を上げると、大きな黒い染みが、天井、地面、壁に複数広がっていた。
それがすぐにペルセフォネのなれの果てであると、すぐに理解する。凶悪な巨躯が物理的な力で粉砕されていた。
襲い掛からんとするペルセフォネらを、テンジンが単身でわずかの間に撃滅しているのだ。
一際大きなペルセフォネが穴から出現した直後に、テンジンを大きく回避するように、急速に体を左にねじる。
「おいおい、そがいに慌てず、一口くらいワシをかじっていかんか?」
テンジンは瞬時に移動し、逃げるペルセフォネの背をドンと拳で打つ。
するとそこから亀裂が大きく発生し、たちまちペルセフォネの全身に広がる。
地面に落ちたペルセフォネは全身から真っ黒な体液を噴き出す。
「竜王……これほどの化け物とは想像さえできなかった……」
「ほなら、オドレの死因は想像力の欠如じゃのぉ」
テンジンは息絶えるペルセフォネに、つまらなそうにつぶやく。
礼治郎がど肝を抜かれている間にナフィードも動く。左手を上げると、同時にバスケットボール大の火の玉を8つ出現させた。
「まだペルセフォネは8匹潜んでおるのである。まさか見逃すわけではあるまいな?」
ナフィードが少し指を動かすと8つの火の玉は四方八方に飛んでいき、地や壁などにしみ込んで消える。数秒後に、連続して大きな振動が発生した。
「ひ、ひぃ~!!」
上から砂煙や瓦礫が落ちてくると、礼治郎は崩落が起きるのではないかと縮み上がる。
何が起きたのか、礼治郎にも察しがつく。土の干渉を避けて、潜むペルセフォネに向け、炎の魔術攻撃を行ったのだろう――と。
それはとてつもなく高度な魔法技術であると、今の礼治郎には理解できる。
次にはまた礼治郎は自分の中に霊力が流れ込んでくる感触を覚える。巨蛇を倒した時に起きたことが再び繰り返されたようだった。。
直後、礼治郎は自らの中に強いうねりを覚える。使役したモノがペルセフォネを倒したことで〈
つまりはテンジン・ナフィード・ヴァラステウスが〈
もう驚く暇さえない! そして、この事態に俺は何をどうすればいいのかまるでわからない!
ふと、ヴァラステウスが混乱する礼治郎の背にそっと手の平を充てる。
〈治療〉と〈魔力移動〉を許可しますか? Yes/No
ヴァラステウスが何らかの魔法での治療をしてくれていると判断し、Yesを選択する。〈魔力移動〉の方がよくわからなかったが、すぐに底をついた自分の魔力を何とかしてくれるのだと理解する。
魔力が全身の中に注がれ、補われていく。
すると、礼治郎の中に渦巻く吐き気と重い倦怠感がすぐ様、消滅していた。
「魔力の枯渇と神経性の胃炎でござった。もう心配いらぬ」
「あ、ありがとうございます――」
活力を取り戻した礼治郎が立ち上がると、すぐに自分のしでかしたことを直視することになった。
緊急性があったとはいえ、テンジンら王と名乗る魔物を若返らせてしまった現実に怯む。しかも同時に3人もだ。
あ、あれ……これってもしやかなり不味いことになってしまうんじゃあ?
この世界に大きな災厄を起こす切っ掛けを、自分が作ったのではないかと考える。
そんな礼治郎の肩を、テンジンが爬虫類顔でニコリと微笑んで叩く。
「若返り、あんがとな! まあ、ここまでスルスルと若さを取り戻すたぁ思うてもおらんかったが、これからは存分に暴れさせてもらうでぇ!」
次に、赤髪のナフィードが礼治郎の側に寄る。
「レイジロー、まさかの事態に戸惑っているだろうが、我が輩を信用して構わぬのである。レイジローが不幸になるようなことは決して行わぬ! ……ただ、ウイスキーなるモノを恵んでいただけると働きはよくなるであろう!」
忠誠をちらつかせながら魔王が酒を強請るのは、かなりあきれる行為だと礼治郎は断定する。
ヴァラステウスは大きく深くため息をついた後、礼治郎に云う。
「森を治めるそれがしには武勇伝はござらぬが、そこにいる竜王に魔王は、それぞれ数回、他国を滅ぼしたことがある者ということを、努々忘れてはならぬぞ?」
ヴァラステウスの忠告は礼治郎の胸にズドンと響いた。
自分が再び若さを与えたのは強烈無比の存在だと再度思い知る。
礼治郎はそもそも、竜王・魔王・妖精王という肩書を信じていなかった。そこを勘違いしなければ、こんなドジを踏まなかったであろう。
「こ、これからどうなるんだよ……」
つぶやいたところで何も頭には浮かばない。
どちらにしても、平穏で静謐な時間はしばらく自分には訪れないだろうな、と礼治郎は悟った。
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