第8話


 地下生活512時間が経過――礼治郎は3老人とムンガンドの遺産を漁ることにした。

 テンジンらからもらった金貨ですでに1450万円分にもなり、月間売上高の不安もない。逆に礼治郎は集落の者に礼をしたい気になっていた。

 ただ宝石や砂金は町などで換金する必要があった。どこの通貨かもわからなくても金貨は〈換金〉できたのに、宝石がダメな理由が礼治郎にはわからない。

 7時間眠り、集落26名に〈ラッキースター〉で前日に買っておいた朝食をたっぷりと与えてから、出発することとなる。

 落ち合うと妖精王ヴァラステウスから、礼治郎は意外過ぎる提案を受ける。


「レイジローよ。もしもお主が良ければ〈年齢操作〉による若返りを施したいが、いかがでござる?」


「若返り? そ、そんなことができるのですか?」


「誰もかれもができるわけではないが、お主にはその素養があるように見えるでござる。恐らくは異世界人ということが関係しているのであろう。童に戻すわけではないが、もそっと少し若い方が動きやすくなるでござろう」


 500歳を超える者に、31歳になったばかりの自分が若返ることを薦められる事態が、礼治郎には奇妙に思えた。

 ただ、興味がないわけではない。やはり20歳のころに比べると疲れやすくなることが増えていた。徹夜は苦手になったし、階段も積極的には利用しなくなっている。


「これでもわたしは31歳でして、若返るほどでもないかなって、思うんです。ですが、魔法で少し若くなるのも悪くないかな、と少しだけ思います」


 礼治郎の言葉にテンジンはあきれたような顔をする。


「ようはやって欲しいのじゃろうが? やれやれ」


 礼治郎は3人の中でテンジンが一番デリカシーがないように思えた。


「では早速――」


 ヴァラステウスは礼治郎に近寄ると、左足に手の平を当て、呪文らしきモノを唱えだした。

 すると、礼治郎の視界にコマンドウィンドウが出現する。


 〈年齢操作〉の魔法を受け入れますか? Yes/No


 という文字がコマンドウィンドウに出た。

 礼治郎はすぐに「Yes」を選択する。

 すると、礼治郎は体がたちまち軽くなるのを覚えた。慢性肩こりも急速に和らぐのがわかる。

 体に春風が吹くような爽快感に笑顔になる。


「うわっ、これはいいですね! 体が楽になった気がします!」


 鏡がなかったので自分では外観の変化はわからなかったが、礼治郎は失われた何かが甦った感じを抱いた。それは今までにない特別な体感であった。


「ありがとうございます! こんなすごい体験ができるなんて、感謝感激です!」


 と礼治郎は熱く、力強く感謝を表したが、3老人の反応は淡泊だった。

 礼治郎は騒ぐ自分の方がおかしいのかと、不思議な気持ちになる。

 次にナフィードが礼治郎に歩み寄る。


「レイジロー、貴殿は魔力を無駄に放出しているが、それはいただけないのである。まさか、魔力を誇示したいとは思っているわけではあるまい?」


「え? 魔力を放出? すみません、何をおっしゃっているのかよくわかりません」


 〈解脱レベルアップ〉を繰り返したことで体の奥から溢れる力があるのはわかる。だがそれを抑えるとなるとどうすればいいのか礼治郎にはわからない。


「ふむ。まさか自分よりも魔力が高い者に制御をする方法を教えることになるとは――我が輩が〈魔力調整〉を行うから受け入れて欲しいのである」


 そういってナフィードは左手を伸ばし、礼治郎の胸に触れた。するとまたもやコマンドウィンドウが出現する。


 〈魔力調整〉を受け入れますか? Yes/No


 受け入れる必要はあまり覚えないが、礼治郎は「Yes」を選択する。

 すると、全身を取り巻く力が急速に弱くなるのを覚える。ほてっていた身体がクールダウンするような感覚だった。

 自分ではあまり意識していなかったが、高揚感のようなものが静まり、礼治郎は自分が魔力を無駄に体から漏らしていたことをゆっくりと理解する。

 またも感謝を述べようとするが、すでに3老人の関心は移動するための魔法の話に移っていた。

 歩いていくと3日か4日は掛かると礼治郎は思っていたが、驚きの結論に達する。


「〈大地転移〉を使うのである。まさか、誰も反対はしないであるな?」


 とナフィードがいうが、礼治郎には当然よくわからない。


「それはどんな魔法ですか?」


「地中を魔法によって移動するで候。魔法で移動者を波動に換え、波動を移動させることで瞬時に、遠方に行くことができるでござる」


 ヴァラステウスの解説を聞いても、よくはわからない。が、魔法で言う〈空間移動〉、SFでいう〈テレポート〉〈転送〉のようなものだろうと察する。

 だが、未知の魔法に礼治郎は恐ろしさを覚え始める。


「では始めるのである!」


 同意を求められる前に、礼治郎はテンジンとナフィードにそれぞれの腕を掴まれる。

 

 〈大地転移〉の魔法を受け入れますか? Yes/No


 というコマンドウィンドウが出現する。礼治郎は仕方なく、Yesを選んだ。


 怖いと抗議しても言いくるめられる未来しか見えない。まあ任せるしかないんだよな、と観念する。


 礼治郎が諦めモードに入ると突如激しく移動する流れに包まれる。

 礼治郎は足を動かしていないのに、猛スピードで動いている感覚に陥り、強く戸惑い、悲鳴に似た声を漏らす。


「うわっ、くっ……こ、これは――はぅっ!!」


 真っ暗の中で電車に乗っている感じに似ているかな、と思っていると唐突に身に起きた異常が終了する。

 〈大地転移〉によってかなりの距離を移動したことを礼治郎は察した。


 27.4㎞、北北東に移動


 またも脳内にコマンドウィンドウが登場する。

 この無意識に反応するモノが何であるのか、礼治郎は見識が深そうなナフィードに尋ねる。


「あの……脳内に様々な情報が、正しく、整理されて浮かぶんですけど、これって魔法なんですかね?」


「まさか、知らぬのであるか? それは魔力で構成された自分自身の意志であるぞ。〈知魂ヌース〉と呼ばれる。〈知魂ヌース〉が発生して初めて、一人前の魔術師と呼ばれるのである。もっとも〈知魂ヌース〉が覚醒しないで魔法を扱う者も少なくはないのであるが――」


 〈知魂ヌース〉――〈自動翻訳マルチトランスレーション〉で意味が分かるとなると、概念的には前の世界にも存在したのだろうと、礼治郎は見当をつける。

 要するに魔力に慣れると発生する、もう一つの自我のようなものだろうと、無理やりに解釈した。


 素養が低いうえに、ほぼ独学で魔法を習っていた自分では、魔法の深遠を理解するのはかなり難しいだろう。


 〈知魂ヌース〉とどう向かい合うべきか考えていると、反応するかのようにコマンドウィンドウが登場する。


 〈暗視〉、〈感覚強化〉を使用しますか? Yes/No


 〈知魂ヌース〉に勧められるままにYesを選択すると、礼治郎は急激に視界が明るくなるのがわかった。


「えっ、何これ、すごいぞ!」


 礼治郎と3老人が立つ広い空洞にいることを知る。そしてその空洞のほとんどが金貨と宝石、アクセサリーなどで埋め尽くされていることに気づく。

 しかも空洞は狭くなく、ジャンボジェット機1台は入りそうな大きなものである。

 正しく金銀財宝がトラック数台分に匹敵する量があるように映った。ムンガンドが数百年にわたってため込んだというが、奪われ死んだ者も相当いるのだろうと礼治郎は想像する。


「さてさて、ワシらの品はどこにあるんじゃろうのぉ? 呼び出す方法も思い出せんけん」


 竜王テンジンが途方に暮れたようにつぶやく。


「ムンガンドに何かを奪われたのですか?」


「まあな――奴はワシらが困ることなら何でもやってきたけぇな。いまいましいのぉ……」


 テンジンがそう礼治郎に応えた直後、突然宝の山から飛び出てきた杖が、ヴァラステウスの手に収まった。

 ヴァラステウスは左手で掴んだ、先が丸い木製の杖を右手でなでながら微笑する。


「それがしが奪われたのはこれ、〈賢神の杖〉だけでござるよ」


 それ以外の2老人の探し物はあまりうまくいかなかった。

 が、あるモノを見つけると3老人は驚き、声をあげた。

 礼治郎が興味を持って見に行くと、3人は模型のような家の前にいた。

 不思議な光沢を放つ木でできた家は、郵便ポストのような大きさで、大御殿を模したミニチュア細工のように見えた。

 礼治郎も好奇心でわくわくしながら尋ねる。


「これは何ですか?」


「〈世界家〉という魔法の品である。『入る』と希望して戸口を触ると中に入れるのだ。中は広くざっと二百人が快適に過ごせる間取りになっておる」


「へぇ~っ、それは凄いですね!」


 そんな風に何度か中断しながら、礼治郎はヴァラステウスに促され、財宝を〈保管空間インベントリ〉にどんどん投げ込んでいく。

 途中〈身体強化〉を使って体の動きを速めると、10分ほどで財宝全体の3分の1を収納することができた。

 そこで、礼治郎の頭に、「未確認体、複数接近」という警戒がほとばしる。

 意識を集中すると、電車のような大きさのモノが10近くここに近づいてくるのがわかった。


「な、何かが来ます! 天井から、地面から、と、取り囲むように襲ってきています! 細長くて、へ、蛇みたいです!」


 礼治郎は広げた〈感知〉によって、電車のように大きなモノが複数襲来してきているのを知る。

 自信で知覚したとはいえ、とても理解が追い付かない。だが次第に恐怖でガクガクと震え出す。

 ナフィードが額の目を見開いて、身構え、云う。


「それはムンガンドの身内ではないのである。おそらくはペルセフォネか――まさかの200年ぶりの再会である」


 礼治郎は3老人が慌てていないようなので、旧知の仲の怪物なのかな、と推測した。

 やがて1分後、ナフィードがペルセフォネと呼ぶモノが、壁、床、天井を突き破って姿を見せる。

 それは正しく、真っ黒で巨大な百足であった。

 礼治郎は直感で理解した。今まであってきた強烈無比に思えたモンスター、マラクやアビスやンゲツィーファーよりも強さの桁が違う、とんでもない存在だと理解する。

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