第7話
これはとんでもないことになった――礼治郎はあまりの事態に再び放心しかけたが、自分は加害者で老人たちが被害者だと思うとまずは謝罪するべきだと考える。
「ともあれ、今回、わたしの未熟さゆえに、皆さんにご迷惑をお掛けました。重ねてお詫びいたします。できるだけ早く、皆さんを自由にしたいと考えています」
礼治郎の謝罪に対し、3老人は顔を寄せ合い、小声で話し合いを始める。
謝罪・賠償の算段だろうかと礼治郎は背筋を寒くさせるが、ヴァラステウスの提案は意外なものだった。
「いや、取り乱し、無礼を働いて申し訳ないでござる。主殿の〈使役化〉はたまげたが、それがしどもにかけられた呪いを解除してくれたことには感謝感激、恐悦至極でござる。良ければ他の仲間の者たちの呪いも解いてもらえるだろうか?」
「……呪いの解除ですか? いや、自分には何のことかさっぱりです。ですが、この店に招待するのは問題ないですよ。あと肌クリームも提供します。あと主殿はやめてください」
礼治郎は自分の提案に自信はなかったが、3老人は納得したようで笑顔になっていた。
そして一度〈ラッキースター〉を出ると、3老人は23人の仲間を連れて戻ってきた。いずれも白いカビのような筋を肌に浮かべた痩せこけた老人のようである。また全員が3老人と同じくローブ風の服装で裾をズルズルと引きずっていた。
体が2メートルを超える者、ネズミサイズの者、つねに宙に浮いている者、体が半透明な者とバラエティーに富んだ面々であることに礼治郎は驚く。
〈ラッキースター〉に近づくと皆、歓喜の声を上げる。続けて、礼治郎はモイストエイジングケア保湿クリームを配布する。
ふと疑問がわき、質問する。
「あの、この流れだと、皆さんをまたわたしが〈使役化〉することにはなりませんか?」
「大丈夫じゃろ。皆にゃあオドレに感謝せんように伝えとる。嘘でオドレが打算でやっとるけぇ利用しろと伝えておるけん」
テンジンは口の端を笑みで歪めて礼治郎に言った。
礼治郎は感謝さえしなければ〈使役化〉が成立しないということを聴き、魔法の不思議さに戸惑いながら感心する。
だが、なかなか計算通りにはいかない。
礼治郎は、衰弱が見受けられる者には滋養内服ドリンクを、風邪気味の人には漢方栄養ドリンクを渡した。いずれもありえないほど劇的な効果を示し、服用した者の体調をすぐに改善させてしまう。
全員が健康補助系のドリンクを欲しがり、服用すると、礼治郎に感謝の念を抱くようになってしまう。すると、礼治郎に再び〈
「えっ? うそ、なんで!!」
「あちゃこりゃ! ほとんどの者がレイジローに使役されてしもうたでぇ! こりゃ弱ったわい」
再び全身に熱気を帯びながら、礼治郎はテンジンの言葉にムッとする。
「な、何をやっているんです! これ以上、〈使役化〉なんかごめんだと云ったじゃないですか! さっき、わたしを非難したのは何ですか!」
その言葉に3老人は心底困った顔をする。魔法の専門家といえど、〈支店召喚〉という馬鹿げた魔法を図りかねているのは明らかだった。
それでも皆が呪いから解放され、食事に満足し、健康を取り戻した現状に全員が喜びを示した。
自然と宴会の雰囲気を帯び、礼治郎は率先して、〈ラッキースター〉の食事と酒を買い、振舞う。
〈ラッキースター〉の照明に照らされ、26名の異形の者たちは大いに食べ、飲み、はしゃいだ。
この日だけで31万円の金を〈ラッキースター〉で消費したのだった。
度重なって起きた〈
まずは使える魔法の数がおおよそ2倍近くに増えていた。だが、礼治郎は詳細を今すぐ把握する気はない。
強くならなくてはならないと、自分を追い込んでいた礼治郎だったが、想像を超える〈
切り捨てられることを恐れ、強くなれないことが怖かったが、今は別の不安がある。
急成長したことで戦争に駆り出されるようになってしまうのではないかと恐れた。
自分を召喚したギャロス王国も、迫りくる脅威と戦う戦力を求めていた。
礼治郎の戦闘力は別にしても〈支店召喚〉だけでも大きな戦力になるのは間違いがない。
何しろ、ただの滋養内服ドリンクが〈上級治療薬〉レベルになってしまうのだから、戦争での需要はあるに決まっている。
かりに魔獣の群れと戦うことは百歩譲って良しとしても、やはり軍の一員になるのは性に合わない。
軍人よりも冒険者の方がマシだと礼治郎は思う。
そもそもギャロス王国は半ば追放されている身である。
食うのは〈支店召喚〉で何とかなるから、ギャロス王国に戻る必要はないと考えた。
さて、地上に出れたらどうするべきなのか? 魔法習得に必死だったから地理も地域の情勢も、よくわかっていないんだよな……。
礼治郎は〈ラッキースター〉の前で、いつものように〈防御〉をベッドにして今後のことを考えていた。
26名の宴の後、異形の者たちは一旦、それぞれの家に戻っている。
礼治郎は1時間ほど思慮にふけっていると、テンジン、ナフィード、ヴァラステウスの3老人が袋を手に、ローブの裾を引きずりながら接近してきた。
「レイジローよ、あらためて感謝の意志を伝えるのである。まさか断らぬと思うが、我が輩たちの感謝を受け取って欲しい!」
そういってナフィードが差し出した袋には、砂金や宝石が入っていた。
受け取った礼治郎は喜んだ。
「助かります! これで〈支店召喚〉以外にも魔力を使うことができます!」
礼治郎は〈支店召喚〉を使うには金や魔石が必要だと3人に教えていた。月間売上高未達成――最低利用金額を下回った場合、魔法が消滅する可能性を教えたのだ。
「いやはや金銀財宝まで消費するとは〈支店召喚〉はつくづく異端な魔法である。だが貴殿の〈支店召喚〉は我が輩たちの希望! 消えるというまさかの事態は絶対に阻止するのである!」
そういってナフィードは青いキャップを外して、350ml瓶のウイスキーを生であおる。その後に美味そうな顔をして、ブルブルと体を震わせた。
まさしく飲兵衛といった振る舞いに礼治郎は唖然となったが、500年の旧友たちも同様だった。
「いやいや、ナフィードがここまで酒にだらしないたぁ、夢にも思わなんじゃ」
「左様――あの冷酷魔王と呼ばれた者が、ここまで堕落するとは、それがしにも信じられぬ」
その批判をナフィードはニヤリと笑って受ける。
「異界の美酒に酔って何が悪い。これほどの酒に出会って満喫できぬようでは死んだ方がマシである。しかも、意地汚いという責めを貴殿らから受けるとはな。まさか、先ほどの所業、忘れたわけではあるまい」
その指摘にテンジンとヴァラステウスはバツの悪そうな顔をする。
「ワ、ワシは初めて食べる料理がワシの大好物であったことに驚き、面食ろうただけじゃ! 豚骨醤油がぶち美味過ぎただけじゃけん!」
竜王テンジンはラーメンの豚骨醤油味にドはまりしていた。「〆のラーメン」なる文化があると礼治郎が教えると、それをテンジンが試したのだ。
いわゆるレンジで温めるだけの「レンジ麺」であったが、テンジンは立て続けに「二郎系」「九州系」「家系」を完食完飲したのだった。
「それがしも、卑しいという濡れ衣は承知できぬ。ただドレッシングなるモノの出来に魂飛魄散、廃忘怪顛となったに過ぎぬでござる!」
妖精王ヴァラステウスはサラダと野菜、そしてドレッシングの虜になったといってよかった。
野菜が大好きなヴァラステウスはポテトサラダ、コールスローサラダ、ごぼうサラダ、ミックスサラダなど食べまくった。
さらにドレッシングの存在に気づくと、〈ラッキースター〉で売られている野菜に掛けると片っ端から平らげたのだ。
「気に入ってくれて、何よりです……」
礼治郎は3老人の食欲・酒欲に正直驚いたが良いことをしたという手ごたえもあった。
現に3老人の表情と肌は、この短期間で生命力溢れるものになっている。
次に麦焼酎に切り替えたナフィードは礼治郎に問う。
「一つ貴殿に教えておきたいことがある。それは貴殿が殺した〈王蛇〉ムンガンドの財産に興味がないかという話である。よもやないとは言うまいが――」
「……すいません、ムンガンドとは何でしょうか?」
礼治郎の問いにはヴァラステウスが答える。
「お主が落ちてきた穴の持ち主でござ候。超巨大蛇――この辺りの顔役・支配者でござる」
これにようやく礼治郎は、落下の際に見た巨大生物の死骸に思い当たる。礼治郎はここに至るまでのことを皆に説明していた。
「ああ――そんな大物をわたしは殺してしまったのですか! あ、殺したのはわざとではありません。か、完全な事故です!」
礼治郎は狼狽するが、3老人は口に笑みを浮かべる。
「いや、殺してくれて感謝しかないのぅ。最悪な奴で死んでくれんさってせいせいしとるけん! 呪いを受け、ここに落とされたワシらに『みじめに長く、悲惨に生き延びよ』と言い放った奴じゃ!」
テンジンの言葉にヴァラステウスが鹿角を振って頷く。
「きゃつはそれがしどもが疲弊・老化してまいるのを嬲るごとく観察しつづけたでござる。この深遠でやりたい放題やっておったから死んで悲しむ者はござらん」
礼治郎は話を聞き、神話級のモンスターを自分が知らぬうちに殺してしまったのだと改めて思い知った。
思えば落下し続けたことで、自分が隕石のようになっていたのだと察する。
71キロの体重が、空気抵抗で燃えずに10分近く自由落下した時の衝撃は――物理がからっきしだったことを思い出し、数字を出すことをあきらめる。
ふとナフィードの問いに答えていなかったことを思い出す。
「ムンガンドの財産とは何でしょうか? 金とか宝石ですか?」
ナフィードは麦焼酎をラッパ飲みしてから答える。
「そうだが――まさか、それだけだとは思っておらぬよな? 奴はこの巨大な魔窟に来る者の全てを奪い、保管しておった。我らからも思い出の品を全て奪ったのである!」
礼治郎は3老人から〈王蛇〉ムンガンドへの恨みを強く感じ取る。
礼治郎自身は事故で命を奪った者の遺産を荒らすことに気が引けた。それがたとえ悪党であっても――。
だが、ある事実に思い当たる。
「もしや、わたしが行かないと〈使役化〉した皆さんはムンガンドの遺産を取りにいけないのですか?」
3老人は同時に深く、主に向かって頷いた。
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