第6話

 暗闇に慣れた礼治郎自身も、〈ラッキースター〉の店内の明るさに怯む。20秒掛けてゆっくり目を開く。

 同様に目を慣らした3老人も、〈ラッキースター〉を見てから、目をむいて全力で驚きを顔に表す。


「ここはお店です。雑貨屋と食料品店が合わさったような感じですね。入って好きなものを言ってください。僕がお金を出して買いますから!」


 そういって礼治郎は〈ラッキースター〉の店内に誘導する。

 近づいてすぐに3人は大きな声を出す。いや驚いているというより、茫然自失といった感じに礼治郎には見えた。


「呪いが、近づくだけでやすやすと消えていっておるのう……」


「まさか、信じられんのである! 500年も魂にさえも侵食していた呪いが消えるとは――」


「それがし達の魔法も消えておる。これほどの強力な〈聖域〉など、見たことも聞いたこともござらぬ」


 3人が呪いなどと言って大騒ぎしているが、礼治郎にはよくわからない。ただ、3人の肌にあった奇怪な白い筋が薄くなっているように見えた。

 まあ呪いや500年などはホラ話の枕詞のようなものだろうと解釈し、案内を続ける。


「何でも質問してください。説明いたします」


 3人は恐る恐る先行する礼治郎に続く。そして〈ラッキースター〉の商品・内装一つ一つに驚きを示す。


「いやいや、これはなんなんじゃ?」


「それは商品を載せている棚ですね。売り物じゃないです」


「この色とりどりの箱は何なのである?」


「それは煙草の箱です。昨今は葉巻なんかもブームです」


「こちらの奇怪な光沢のある袋はなんでござる?」


「スナック菓子ですね。空けると主に塩辛い食べ物が出てきます」


 いちいち答えていたが、なかなかに埒が明かないと礼治郎は判断する。

 面倒なので、礼治郎が見繕ったものを食べてもらうことにする。

 竜人テンジンは肉に反応が大きかったので、ミックスグリル丼をチョイス、妖精ヴァラステウスは野菜に興味津々だったので、サラダパスタを――魔人ナフィードは希望通り酒を用意した。

 プレミアムビールと酎ハイ、ハイボールの缶を一つづつ、つまみはソーセージ&ポテトをセレクト。

 また肌荒れが酷いようだから、肌クリームも購入する。どうせなら高い方がいいだろうと、「モイストエイジングケア保湿クリーム」という舌を噛みそうな商品を買った。

 イートインコーナーで食事を始める前に各々に、モイストエイジングケア保湿クリームを渡す。


「肌に栄養を与えるクリームです。よかったら塗ってください」


 3老人は訝し気にクリームを凝視するだけだったので、礼治郎はしかたなく自分にモイストエイジングケア保湿クリームを塗る。


「ほら、危険じゃないですよ!」


 化粧水も使ったことのない礼治郎だったが、初めての肌クリームに好感触を抱く。


 なんか、すでに肌が潤う感がある。CMでも「男でも肌荒れは許されない」とかあったけどマジかも知れない……。


 結局塗ったのはヴァラステウスだけだった。なぜか、枝角にも保湿クリームを塗り込んだ。

 次に礼治郎は3老人にそれぞれチンした料理を提供した。3老人とも喜び、出されたものを口にする。


「こ、この穀物の上に乗った3種類の肉はイケるのぅ! それぞれ趣きが違い、異なる味わいだが食欲をそそる美味さじゃ!」


 テンジンはプラスチック製の先割れスプーンを駆使して、チキングリル、ハンバーグ、ポークウインナーが乗ったミックスミート丼をガツガツと口にする。


「ど、どの酒も美味いのである! 優しい口当たりだが、酒精はちゃんとある! まさか、これほどの酒が飲めるとは――つまみも実にいいのである!」


 ナフィードがチューハイ、ビール、カクテルの缶を早いピッチで飲んでいく。見るからに飲兵衛であるのがわかる。

 ヴァラステウスもサラダパスタに強い驚きを示して、食す。


「小麦粉、ゴマ、葉野菜、菜種油、茄子の一種、トウガラシの一種が入っているだけだが、あいや恐ろしいほど計算された食べ物でござる! それがし、初めて食す絶品飯でござ候!」


 感動しきりのヴァラステウスはふと、先ほど保湿クリームを塗った場所を凝視する。


「テンジン、ナフィード、もはや驚く余裕さえないであろうが、先ほどレイジローにいただいた塗り薬、使った方がよいぞ。肌から完全に呪いが消えたでござ候」


「何? 信じられんのぅ」


「むむむっ、まさかと思うが本当に呪力が消失しているのである!」


 ヴァラステウスの驚きに仲間は同意を示したが、礼治郎にはピンとこない。それは塗り薬でも何でもない美容肌クリームですよ、といっても理解されないだろうなと思う。

 礼治郎は自分は約束を果たしたが、この3老人が約束を果たしてくれるのかが気になっている。

 老人特有のこじらせ方をしているが、何とか地上に向かうヒントだけでももらえないか、と思う。

 ペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいた礼治郎は急激に、眩暈を起こす。


 えっ? 何が起きている?


 脳に直接電流が流されているような、激しい衝撃を覚え、礼治郎は床に崩れ落ちた。

 死が頭によぎる、痛撃に似た感覚だったが、今の状況に既視感がある。

 落下して、巨大蛇に激突した時に味わった体験によく似ていた。ただ、あの時よりも激しく強い。

 また3老人の怒号も聞こえる。


「馬鹿馬鹿しいことになったもんじゃ! まさかワシが使役化されるたぁな!!」


「くっ、完全に油断していたのである! まさか、そんな罠を張っているとは!」


「それがしもレイジローの悪だくみを見抜けなかった! ええい、まさに残念至極でござる!」


 3老人の激しい失望は今の礼治郎には理解できない。

 脳を中心にほとばしる熱気にのたうち回る。

 せめて、水でも浴びようと、床に転がるペットボトルに手を伸ばす。

 掴む寸前に、ペットボトルはドロリと溶解し、触れた水が蒸発する。

 観ると、礼治郎は自分の手が真っ赤になっているのが見えた。

 次に礼治郎は様々な映像が脳に急激に飛び込んでくるのがわかった。映画数千本に匹敵するような映像情報が脳幹にまで達し、埋め尽くす感覚に飲まれた。


 無理無理無理無理! 死ぬ! 死ぬ! 死んでしまう!!!


 臨死体験にも似た不可解で絶望的な衝動は不意に礼治郎から去る。

 心臓がバクバクと音をたてていたが、今すぐに死ぬようなわけではないと感じ始める。

 肢体の感覚が甦ると、礼治郎はゆっくりと立ち上がろうと試みる。


「な、何が起きたんだ?」


 這い上がった礼治郎のうわ言のような声にヴァラステウスが答える。


「それがしどもを使役化し、霊気を吸収したのじゃ、お主は――」


「使役化? 霊気を吸収? それは、いったい何ですか?」


「ワシらを強制的に子分にしたのじゃ! 苦々しいのぅ! オドレに騙されたわ!」


 テンジンの抗議も礼治郎にはさっぱりだった。やはり何を言われているのかわからない。

 体の燃えるような熱気は静まったが、脳を中心に駆け巡る波動のせいで、いまだに思考が定まらない。

 そんな礼治郎に向き、ナフィードが三つの目をカッと見開く。


「かばうわけではないが、この者、我が輩らを使役する気はなかったようである。まさかと考えるだろうが、魔法の初心者と見るのが適当であろう。使役した者から霊気を吸収することも知らなかったようなのである」


 その言葉にヴァラステウスも思慮深げなポーズを取り戻す。


「確かに――魔力の操作が赤子同然でござる。成長の反動で七転八倒となるとは、あまりにもみっともないで候」


 礼治郎は悪口を言われていることがわかったが、対応できない。

 ようやく激しい衝動が静まると、〈使役化〉の意味を徐々に理解する。そして青ざめた。


「〈使役化〉、あなた達を僕が手下にしたってこと? えっ、なんで、そんなことに?」


「恐らくは、レイジローの〈支店召喚〉にゃあ、そがいな力があるのであろう。呪いを消され、施しを受け、ワシらがオドレに心服したことで〈使役化〉が作動したのじゃろう」


 礼治郎の疑問にテンジンが答えた。

 〈支店召喚〉はお店を出すだけではなく、お店の近くにいる者の魔力や呪いに干渉し、好意を向ける者を自分の支配下に置く力があることを、礼治郎は理解する。

 とんでもない魔法だとは思っていたが、これにはあきれ果てた。


「〈使役化〉なんか、冗談じゃないですよ! じ、自分はそんな人間じゃないです! か、解除しますよ! 解除のやり方を教えてください!」


 想像もしなかった〈支店召喚〉のもう一つの効果に、礼治郎は血相を変える。

 ナフィードが顔をゆっくり横に振る。


「まさかと思うだろうが〈使役化〉の鍛錬をつまないと、解除はできない。魔術とはそういうものである。それに我が輩たちから〈使役化〉で奪った霊力はもう貴殿から帰ることはないのである」


 その言葉に礼治郎はハッとなる。先ほど、自分の身に3人の〈使役化〉によって〈解脱レベルアップ〉が発生したのだろうと推測できたからだ。

 恐る恐る自分の魔力を測定する。

 コマンドウィンドウに「MANA 524-237」と表示される。

 魔力が382から524になっていた。


「う、嘘だろう。こんな短期間でポンポン〈解脱レベルアップ〉が起こるなんて……」


 〈使役化〉でテンジンらの霊気の何割かを自分が吸収したのだと把握する。〈解脱レベルアップ〉は膨大な霊力を吸収したことで発生した、と仮定するとしっくりくる。

 また3人の知識も吸収できたようにも思う。まだ整理できないが、自分で知りようのない情報がさきほどから脳内にあふれていた。

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