第5話

 礼治郎は誰かがつけてきていると、地下道探索生活480時間目で、そう感じた。

 〈索敵〉で時折、引っかかる影がある。礼治郎は〈索敵〉に魔力を注いでレベルを上げ、現在は全経120メートルほどの動くものを捕らえることができた。

 そう大きいモンスターではない。

 ともすると、知的な生物かもしれないと思う。というのも礼治郎の〈索敵〉を把握・回避するように動いているのだ。

 追跡はかれこれ30分以上続いている。


 なぜ、接近してこない? なぜ、追跡を続ける?


 礼治郎は苛立ちながら、時折、後ろを振り返る。

 警戒しながらさらに10分歩くと、前方に何かの集落があるのがわかった。高さ2メートルほどの円錐状のテントのようなものが20以上見えたのだ。

 追跡者はこの集落に関係しているのではないかと礼治郎は考える。

 集落を回避して進むことを考えるが、道が分岐したのは5時間も前である。戻るのには遠すぎた。

 〈索敵〉で丁寧に集落を観察すると、人間の子供ほどの大きさの生き物が50近くいるのがわかる。

 また、ぼんやりと〈索敵〉した相手の魔力も、礼治郎は感じ取れるようになっていた。〈索敵〉によると魔力もかなり低い。


 〈防御〉で体を覆って、〈身体調整〉と〈身体強化〉で足を速めて全力で集落を駆け抜けるか……。


 きっちり相手を特定できていないが、万が一ピンチになっても〈支店召喚〉を使い、〈ラッキースター〉の前で戦えば何とかなるのではないかと思案する。

 

 よし、まずは早く通り過ぎてみよう!


 〈防御〉で体を包み、〈身体調整〉と〈身体強化〉と〈音調整〉、さらに〈継続〉を掛けて、静かに素早く集落を抜ける準備が整える。

 その直後に頭に声が響く。


 ほう、こんなところに人間か? 珍しい。ほう、〈王蛇の穴〉を落下したのか……


「な、なんだ?」


 実際には声ではない。礼治郎の脳に響くように意味が広がったのだ。

 気づくと、礼治郎は全身をスキャンされているような、まさぐられるような不可思議な感覚を受ける。

 集落にいるモノが自分に何かの魔法を使ったのはわかるが、細かいことはわからない。

 礼治郎はゾッとし、やはり駆け抜けるべきだと考えていると、ゆっくり自分に近づく3つの影に気づく。やはり子供サイズの身長である。

 3つの影はいずれも上下一体の袖付き服・ローブを着ており、その裾をズルズルと引きずって進んでいく。

 引き返そうかとも考えたが、礼治郎は接近する者が二足歩行なことに気づく。大きさから人間とは考えられなかったが、先ほどの魔法といい、案外知性が高いのではないかと予想する。

 コンタクトを取るべきか迷うが、地上に向かう道を知っているかもしれない可能性に賭けてみることにする。

 礼治郎は近づくと3つの影が人間でないことに気づく。

 一人は蛇のような顔で、一人は鬼のような角を生やし、一人は鹿のような枝分かれした角を生やしていた。

 いずれもヨボヨボのシワシワの老人である。


「ほうほう、珍しい。道に迷ったんかのう?」


 蛇のような顔の老人がいった。


「まさか、我らを討ちに来た勇者であるか? いや、そんな馬鹿な」


 と鬼のような角を生やす老人が首をかしげる。よく見ると眉間に3つ目の目があった。


「なれど何故に、左様な魔力を垂れ流しておるのだ? 己の力を示したいと申すか?」


 枝角の老人がそういった後に咳き込んだ。

 礼治郎はこの老人達の言いたいことがわからず、面食らう。

 だが、その知的な言動、佇まいに高い知性を感じ取る。いきなり取って食われることはないと判断する。

 ふと礼治郎は背後から接近する影に気が向く。先ほどからの追跡者に間違いない。

 追跡者は全身を布に包んだ、やはり子供のような背丈をしていた。追跡者は3老人とアイコンタクトを交わすと、現れた時と同様に姿を消す。宙に掻き消えるように――。


 消えたということは魔法か? 追跡者はやはりこの集落の者か――


 そう思った礼治郎は再び老人らに意識を向ける。


「お主を追跡していたのは我が輩の魔法である。不愉快にさせたのならばすまぬ」


 鬼角の老人がそういった。

 やはり高度な魔法を操る知的な人々だと、礼治郎は判断する。ここは礼儀をつくし、自己紹介をするべきだろうと考えた。


「こんにちは、わたしは異世界転移者の礼治郎です。冒険中、巨大な縦穴に落ちて、ここまでやってきました。もしよろしければ、地上に帰る方法をお教えいただけないでしょうか?」


 すると蛇顔の老人が一歩歩み出て、自分の胸に左の手のひらを充てる。


「こりゃこりゃご丁寧に――転移者とは珍しいのぅ。ワシが、竜王テンジンじゃ。かつては5つの海の覇者だった者じゃ」


 次に鬼角の老人が前に出る。


「我が輩は魔王ナフィードである。異世界人と会うのは初めてである。まさか知らぬとは思うが我が輩は、地下王国『ザッカグロン』を創った者である」


 最後に鹿風の老人が会釈を礼治郎に行う。


「それがしは妖精王ヴァラステウスでござる。大天然林『グレゥロス』の支配者であった。異世界転移者とは吃驚仰天でござるよ」


 礼治郎は心の中で少し笑う。誰もがここでは自分を「王」と称するのかと思い、微笑ましくなったのだ。また同時に故郷の高齢の祖父祖母のことを思い出し、膝を折って視線を下げる。


「テンジンさん、ナフィードさん、ヴァラステウスさん、こんにちは。それで上に帰れる道に心当たりはありますか?」


 ヴァラステウスが他の二人に目配せし、更に一歩、礼治郎に近づく。


「こやつらはお主が勇者の末裔かどうかしか興味がないから、それがしがお主の疑問に答えてしんぜよう。まあ、返答は条件次第でござるがな」


「え? えっと条件と申しますと?」


「まこと厚かましい話でござるが、食料などあったら、分けてほしいので候。何せ500年ここにおり、ロクなものを食しておらぬ。周囲に龍脈があるので魔力で飢え死ぬことはないが、食べ物がろくに取れぬ」


 知的な顔を歪め、枝角を揺らしてヴァラステウスが訴えた。

 すぐさま礼治郎は〈保管空間インベントリ〉を開く。


「そんなことなら、お安い御用です。これを差し上げます」


 そういうと〈保管空間インベントリ〉から豚肉2頭分、小麦5袋、塩1袋、岩芋3袋を地面に置いた。

 それを見たテンジンが、ピョコピョコと小さく飛び跳ね、先端の割れた爬虫類っぽい舌を出しながらはしゃぐ。


「やったやった! 豚肉じゃ! 豚肉は500年ぶりじゃのぅ!」


 ヴァラステウスも岩芋の袋に近づくと、感激したように震える。


「野菜でござる! しかも新鮮な……まさか生きているうちに再び芋を食えるとは……」


 テンジンとヴァラステウスはどう食おうか、早速思案していたが3つ目のナフィードだけが不服そうな顔をしている。


「さ、酒はないのであるか? 我が輩は人間など嫌いだが、酒があるならば有意義な取引を行うのである。まさかないとは言わぬよな?」


 ナフィードが若干すねたような声で言った。

 ナフィードは食べ物より酒が優先するタイプかと思いながら、礼治郎は返答する。


「ナフィードさん、残念ながらお酒はありません。ですが、確実に外に続く道を教えていただけるならば、何とかできますよ? しかも極上の酒を用意できます」


 礼治郎は自信ありげに微笑みいった。

 ナフィードは第三の目を細めて、礼治郎を睨む。

 

「……まさかとは思ったが、貴殿の〈天職〉は真っ当ではないな? 我が輩にも全貌を看破できぬとは尋常ならざることなのである」


 礼治郎はこのナフィードがなかなかにできる存在だと認識した。何かの魔法であろうが、かなり正確にこっちの情報をかぎ取っていることがわかる。

 少し考えた後に、言う。


「おっしゃる通り、わたしの〈天職〉は〈隠者〉です。それ故に、特別な魔法が使えるのです!」


 礼治郎は〈天職〉を初めは隠そうかと考えたが、今はそれどころではないと判断する。老い先短い異種族の老人を労うのが最優先だと思った。

 近づいてわかったのだが、3人の体に白い線がいくつも走っているのが見えた。何かの皮膚病・伝染病ではないかと想像する。そんな老人にサービスするのは当然だと思う。

 3老人は驚いた後に顔を寄せ合い、ボソボソとしゃべる。


「ワシは〈隠者〉などぜんぜん聞いたことがないけん!」


「我が輩の配下に一人いたが、よくわからんのである。しかも隠者の魔法が開花せぬうちに寿命を迎えたのである」


「それがしも存ぜぬ。初耳にして奇天烈な〈天職〉でござる」


 何だか警戒されているなと、礼治郎は思う。だがそれ故に、披露して仰天させたいという欲求が生まれる。


「ご老体、〈隠者〉の〈支店召喚〉、決して見て、味わって損のない魔法だと思います! 情報と引き換えに体感なさってはどうですかな?」


 礼治郎の芝居がかった言葉に反応を返したのはナフィードだけであった。


「貴殿の魔法で、酒が飲めたならば、地上に続く道を教えるのである。他のモノもまさか異存はなかろうなのである」


 ヴァラステウスの言葉を受け、テンジンとナフィードがしぶしぶといったように同意を示す。

 その言葉を受け、礼治郎は深く頷くと、〈支店召喚〉を執行する。地形的にすぐ近くに出せそうだった。


「では〈支店召喚〉いきます! 眩しいので目を閉じて待ってください!」


 魔力コスト200を使って、〈支店召喚〉で〈ラッキースター〉を出現させる。

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