第3話

「本当かよ……」


 礼治郎は二度と出会えないと思っていた前の世界の文化に、完全に呆けた。

 〈支店召喚〉で出した〈ラッキースター〉を前に3分ほど茫然自失としていたが、ゆっくりと店に入った。

 自動ドアの通った時のメロディーを聞くと、涙がわいてくる。

 店内には誰もいない。

 だが脳には「いらっしゃいませ!」という声が聞こえる。自分の声であった。

 これが魔法の一つなのかと思うと、不思議だったが店内は通常の〈ラッキースター〉であった。陳列されている商品もそのままである。

 礼治郎は買い物カゴを取ると、缶ビール4本、ポテトチップス2袋、駄菓子、惣菜パン2つ、とんかつ弁当、ナポリタンスパゲッティを手に取る。

 レジに行くが人がやはりいない。と思っていると、カウンターにコイントレーが出現する。

 礼治郎はレジカウンターに買い物カゴを置くと、レジスターに2420円と出る。で、〈保管空間インベントリ〉から取り出した財布でコイントレーの上に現金2500円を置く。

 すると瞬時にコイントレーにおつりが出現する。

 また商品もレジ袋に入ってレジカウンターに現れた。

 礼治郎は受け取る寸前にいう。


「すいません。とんかつ弁当とナポリタン、温めてもらっていいですか?」


 すると一瞬にしてレジ袋内のとんかつ弁当とナポリタンが消え、すぐに再び出現する。触ると温かかった。

 礼治郎はイートインコーナーに行こうと思ったが、あるはずのイートインコーナーがない。よく見ると客が使えるトイレもない。

 不可解だったが、まずはメシだと思った。

 〈ラッキースター〉を出て、すぐの脇でビールを開けて一気に煽る。

 礼治郎の脳内を稲妻に似た衝撃が駆け抜ける。


「んめ~! 慣れ親しんだビール! これぞビール!」


 こちらの世界でもエールを飲んだが、味が単純でパンのような味がして、あまり口に合わなかった。甘くて重いのだ。

 しかしこの一つ星ビールのラガービールは、まさに慣れ親しんだ味だった。軽快で、爽やかに臓腑に流れ落ちる。

 すぐに一缶飲み干すと、とんかつ弁当に取り掛かった。蓋を取ってこみ上げる臭いに、喉が音を起てる。

 付属のソースをかけてから、とんかつにかぶりつく。臭みの全くない肉のジューシーさに噛むほどに唾液がわく。

 揚げ物と米をかき込むと、礼治郎は全身が震えた。


「これだよ、これ! この味だよ!」

 

 ひさしぶりの日本人らしい食事に、魂が揺れ動く。またとんかつをビールで流し込むというそれだけで感動できた。

 次にナポリタンスパゲッティに取り掛かる。

 蓋をとってパスタを頬張ると、トマトがベースの甘さと酸味が舌いっぱいに踊った。礼治郎は麺料理としてパスタを啜る。


「ナポリタンがイタリアにはないっていうから、これも日本料理かな? それにしても、ケチャップと粉チーズのコラボが最強すぎる!」


 とんかつ弁当の後で重いかと思ったが、ナポリタン一人前はあっという間になくなった。

 次に手にした2つの総菜パンを見て、礼治郎は思わず笑う。


「焼きそばパンにマカロニサラダパン――こういうのを何ていうんだっけ。……そうそう、『炭水化物祭り』だ。うんうん、お祭り上等!」


 焼きそばパンの中濃ウスターソース独特の旨味はあまりにも魅力的だった。粗暴と上品さが渾然一体となったようだと、礼治郎は詩的な感想を抱く。

 マカロニサラダパンも頭が悪くて大好きである。マヨネーズを味わいたいために、強引に巻き込まれたであろうマカロニもいいアクセントになっている。ジャガイモが入っていなかったので少し残念だったが、マヨネーズが濃い目で満足できた。

 休まずポテトチップス、スナック菓子も同様に口に入れるだけで涙が出る。


「うまいうまい。ただひたすらに、ただうまい……」


 舌触り、油分、スパイス、調味料が噛むごとに口の中で広がり、胃袋を刺激した。

 買ったものを10分ほどで消費すると、〈支店召喚〉が何なのかと、改めて考える。

 また微妙に、以前勤めていた店と違うことも気になる。

 今一度、店内に入ってチェックすると、イートインコーナー、トイレ、給湯ポット、マルチメディア端末「イデア」、雑用品コーナー、冷凍食品コーナーがないのがわかった。

 また弁当や食品はベーシックなものばかりで、季節の限定商品がない。

 どういうことか? と思っていると、意志の中で何かが蠢いていることに気づく。

 コマンドウィンドウを開くと〈支店召喚〉という文字の横に▽が表示される。▽を意識でクリックすると更に別のコマンドウィンドウが出た。〈ラッキースター〉という名前のウィンドウだ。

 〈ラッキースター〉ウィンドウには3つの項目があった。「MANA 382/-247」、「NEXT LEVEL 100」、「REVENUE 1500/0.2」という表記である。

 「MANA 382/-247」が何を表しているのか凡その予想はつく。じっと見ていると-247が-248となる。

 さらに10分経過を観察すると-249となる。


「これは魔力の消費か。〈支店召喚〉を続けると魔力が減るのか……」


 そう見当をつけると、次にもう一つの表記「NEXT LEVEL 100」に注目する。何を意味しているのかはっきりとわからなかったが、数字が自分の魔力を示していると考えると、「NEXT LEVEL 100」の意味に想像がつく。

 魔力を100使うと魔法〈支店召喚〉のレベルが上がるのではないか、という考えに至る。


 100使っちゃうと、あとほとんど残りがないぞ――でも寝ていくらか回復するだろうからいいか?


 少し悩んだが「NEXT LEVEL 100」という文字に意識を注いだ。すると「YES/NO」という小さいウィンドウが出た。

 礼治郎が「YES」を選択すると、体から一気に魔力が抜き取られるのを感じる。寒気と疲労感が背骨付近に一気に広がった。


「魔力を吸収された。レベルアップしたのかな?」


 礼治郎は〈ラッキースター〉の店内に戻ってチェックすると、給湯ポットが出現していた。

 なるほど、〈ラッキースター〉に魔力を注ぐとレベルアップが起こるのだと理解した。というか、魔法に魔力を注ぐと成長するのだと気づく。


「これは面白いことになってきたぞ! レベルアップしたらどうなるのか、確かめたい!」


礼治郎は、地下道探索をしばし休み、〈支店召喚〉のレベルアップに専念することを決めた。

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