第2話

 〈索敵〉を使っても、回避しきれない敵がいる。

 その一つが大根ネズミだ。毛に覆われた大根のようだから礼治郎が名付けた、子犬ほどのサイズのモンスターである。

 この地下世界は完全な暗闇ではなく、目が慣れるとところどころ、岩肌が淡く光っているのがわかる。

 礼治郎も環境に適用し、目で色々識別できるようになっていた。

 礼治郎よりも地下世界になれた大根ネズミは、遠くからでも獲物を認識し、やってくるのだ。だいたいいつも5~6匹で猛接近してくる。

 だが、礼治郎は3回の襲撃を受け、撃退パターンを構築しつつあった。

 まずは〈索敵〉で認識した後に〈標準〉を一匹ずつに充てる。〈標準〉は敵の動きを追尾する魔法である。

 そして次に〈火〉を〈射出〉で大根ネズミに放つ。〈火〉はいわばホーミングミサイルといったような仕事をする。

 飛ばせる〈火〉は非常に威力が低いが、全身〈火〉に包まれると大根ネズミは例外なくパニックに陥る。

 そこで礼治郎は〈音調整〉で音を殺しながら、燃える大根ネズミに近寄ると、石の槍で頭か胴体を貫く。

 石の槍は〈変換〉を使い、岩から取り出したものである。〈変換〉を使うと、物質は一時的に別の性質を帯び、加工しやすくなるのだ。

 落下してから80時間――礼治郎は数多くの魔法を習得していた。

 〈解脱レベルアップ〉に入れておいた大学ノートにボールペンで書き込んだ魔法練習帳も残っており、魔法を次々と身に着けることができていた。ノートなどは異世界転移したと時に持っていたもので、〈保管空間インベントリ〉に保管していたのだ。

 現在習得できた魔法は――〈水〉〈火〉〈風〉〈防御〉〈身体調整〉〈身体強化〉〈射出〉〈洗浄〉〈抵抗〉〈音調整〉〈記憶保存〉〈継続〉〈標準〉〈回復〉〈感知〉〈解析〉〈探査〉〈変換〉〈索敵〉である。

 特に〈身体調整〉を習得できたのが大きい。〈身体調整〉は文字通り、体の動きなどを調整できるもので、思考や運動の速度を上げることができた。

 おかげで魔法の習得もかなり楽になっている。詠唱や禹歩などの工程を素早く間違えずにできるようになったのだ。

 〈継続〉も重宝していた。〈継続〉は魔法の威力を長続きさせるもので、これで意識しなくても〈索敵〉を絶えず使えようになっていたのだ。

 正規軍のゴーシャにその重要性を説かれた〈身体強化〉は今のところ出番はない。〈身体調整〉が神経伝達速度を上げる魔法ならば〈身体強化〉は筋肉を強化するものなので、戦闘の時に効果が期待できた。

 大根ネズミの死体から〈魔石〉を取り出さずに、〈保管空間インベントリ〉に入れる。

 〈保管空間インベントリ〉も〈解脱レベルアップ〉の影響で、収められる量が増えているのを覚えたからだ。以前は3畳の部屋といった感じであったが、今はそこが知れない。少なくとも体育館以上は容量があるような感じがしている。

 〈保管空間インベントリ〉の余裕があるので、殺した魔物は全て入れることにしていた。


 体にも疲労感を覚えてきたので、睡眠と食事を取ることにする。凡そ20時間ぶりの睡眠だ。

 食事は小麦粉をこねたモノに豚肉を挟んで、塩をふり、〈火〉で5分あぶったものを食べていた。美味しくはない――。

 それでも保存していた魔獣の肉を食べる事態になっていないだけラッキーだと考えている。魔獣を食べるにはまだまだ研鑽が必要だ。

 睡眠は〈防御〉の中で取る。〈防御〉は〈解脱レベルアップ〉のお陰で、以前の数十倍の速度と大きさを形成できるようになっていた。

 おまけに〈防御〉の形状も操れ、ベッドのようにして、寝ることもできる。

 礼治郎は横になりながら、魔法のことをあれこれ考える。

 魔法は、楽にできるようになったもの、いまだに難易度の高いもの、できないもの、そもそも全然よくわからないものに分類できると思う。


「魔法を頭の中でコマンド化して、楽にできないもんかな?」


 ゲームのように選択するだけで使えないものかな、と思う。

 思考の中で魔法のコマンドウィンドウが出てくるとか便利だな、と礼治郎は夢想する。

 実現できないか、精神を集中・統一させる。

 すると、30分もしないうちに魔法のコマンドウィンドウが意識の中で開くことができた。


「……す、すげっ、やった! これで便利になるぞ」


 これで瞬時に魔法が使えると思いながらコマンドウィンドウをスクロールさせる。

 すると習得できた魔法はくっきり白文字で見えたが、未収得の〈千里眼〉や〈飛行〉などは薄い文字で見えにくい。

 これは便利だ――と思うと同時に、決定的に足りない要素があることに気づく。魔力コストの表示だ。

 最近、いくら魔法を使っても疲れなかったが、やはり把握しておきたい数値である。

 肝心な時に〈防御〉が魔力切れで使えない事態は、絶対に避けねばならない。

 では生まれたての赤ん坊が体力1魔力1と設定しよう。その対比から自分の能力を数値化する。

 再びコスト設定に集中すると、コマンドウィンドウの魔法に一つ一つに魔力消費コストが表示されていく。

 〈防御〉はコスト5と表示される。


「おおっ、やったぜ! ……でも――そういえば俺の総魔力量はいくつなんだ? そこがわからないと怖いな……」


 コスト5とわかったのなら、そこから自分の総魔力量がわかるだろうと己の意識に語り掛ける。

 まもなく 魔力量/382 と脳内に表示される。


「382? いや、結構凄くない? つまり防御は一日70回以上出せるってことか?」


 理解が追い付かず、しばし考え込む。だが、相当な魔力を持っていることがわかり徐々に機嫌が良くなる。

 結果に満足する礼治郎であったが、あることに気づき、仰天する。


「な、なんだよ、これ?」


 コマンドウィンドウの中に〈支店召喚〉があったのだ。しかも白文字である。魔力消費コストは200もある。

 驚きながら、礼治郎は飛び起きる。

 〈支店召喚〉が使えるようになっていたことに驚いたが、そういえばしばらくその存在を忘れていたことに気づく。

……

「使えるのか? ……マジか。や、やってみるか……」


 礼治郎がコマンドウィンドウ中の〈支店召喚〉を選択し、実行する。

 すると、目の前の地面に十字のマークが表示される。礼治郎は戸惑うが、十字マークが「どこに召喚するのか?」と召喚地点の設置場所を定める目安なのではないかと察する。

 目の前の場所を選ぶが、何も起きない。しかし十字マークは消えない。


「もしや、ある程度の広さが必要なのか?」


 礼治郎は十字マークを目の前にしながら、比較的平地が広いエリアを探す。

 8分ほど歩くと、ふさわしい場所が見つかる。


「ここならどうだ!」


 30坪の凹凸の少ない場所を十字マークで指して、意識で選択すると、閃光がほとばしる。

 光が消えると、そこには業界4位のコンビニエンスストア、〈ラッキースター〉があった。

 目の前の〈ラッキースター〉は正しく礼治郎が勤めていた店だ。

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