エピソード1「地下での出会い」

第1話


 長い長い――長すぎる落下の中、星野礼治郎は異世界に来てからのことを走馬灯のように回想した。

 勇者を求めるギャロス王国の召還により、巻き添えでこの世界にやってきた。

 そして期待されない資質しか持っておらず、すぐに異世界人としての価値を失ったのだ。

 それは神が授けるという〈天職〉が判明する事でも裏付けられてしまう。

 礼治郎が授かった〈天職〉は〈隠者〉――前例のほぼない職業で〈支店召喚〉というわけのわからない魔法しか貰えなかった。

 しかもその〈支店召喚〉がなぜか使えない。

 〈隠者〉として覚醒すべく、冒険者パーティ〈蒼天の義勇団〉に加わり、高難易度の〈旧王の墓所〉にアタックしたが状況は最悪となる。

 最凶のモンスターに襲撃され、全滅寸前に、とてつもなく深い縦穴に落下したのだ。


 要するに冴えない人生だった……というわけだ。


 31歳までフリーターをしていた礼治郎は、ドラマチックな異世界転移という機会を得たが、パッとしまいまま終わりに近づいていく。

 ロマンスもなく、奇跡も起こさず、か弱き者を救うこともなく、間もなく墜落死という結末を迎える。


 どこで間違えた? いいや、そもそも選択する機会はほぼなかった。それにしても長いな……。

 

 優に5分を超える落下は、礼治郎が首をひねった直後に終結する。

 とてつもない衝撃――続けて起こる荒れ狂う水音。次に訪れたのは、ゆっくりと降下する感覚と静寂。

 ありえない破壊エネルギーが間近を駆け抜けたことで、礼治郎は死ぬのだろうと思っていた。

 現に頭が熱い。いや全身が熱い。熱すぎた!

 全身の血管に、熱湯がほとばしるような痛みが駆け抜ける。


 自分は死ぬのだ……。


 と思っていると、緩やかな静寂が続く。

 が、やがて沈む勢いが消え、逆に浮き上がる感じがしてきた。

 辺りは真っ暗だが、どうも死後の世界ではないと、礼治郎は判断し始める。


 どうも妙だな? いったいどうなっている?


 視力を凝らすと、自身が展開した初期魔法〈防御〉の中にいるのがわかった。同時に視界が徐々に明るくなっていく。

 周囲が明るいのではなく、急速に夜目になっているのだと自己鑑定する。


 つまりは〈防御〉のお陰で、墜落から生き残ったということなのか?


 自分の〈防御〉がここまで強力なものだという認識はない。ほぼ本を読んで独学で学んだ魔法など信頼できるわけがない。

 仮に〈防御〉の精度が非常に高いと仮定すると、先ほどの全身が燃えるような衝動はなんだったのだろうと、礼治郎は思う。

 衝撃で全身の感覚が狂ったとしても、説明できない怪現象であると思えた。

 やがて、浮上感は消える。

 まるでシャボンの球に入っているような自分が水面に達したのだろうと推測する。

 水面はさながら地獄のようであった。

 辺りに真っ赤な肉片が大量にプカプカと浮いていた。


 えっ? なんだこれ――た、大変だ、逃げなくちゃ!


 よくはわからないが戦場の真ん中にいるような、危険な事態が起きているのだと判断した。

 どこか地面のある方に行かなくては――と礼治郎は思うと自分から見て3時の方向に、陸地があるように思えた。

 3時の方向に進みたいと思うと、〈防御〉の幕ごと水面を移動していく。

 水流か波に流されているのかはわからなかったが、水面を緩やかに10分近く移動したところで、礼治郎は砂利浜に到達した。

 〈防御〉を解除し、砂利浜に降り立ち、振り返る。

 すると、海のように広大に広がる水面に、超巨大な蛇のようなモノが死んでいるのがわかった。

 生半可な大きさではない。タンカーのような蛇が、胴体が千切れるほど破損し、死んでいた。


 あれは、もしや、俺がやったのか?


 猛烈な落下が生み出した衝撃を、あの巨大蛇が食らったとしたら、この惨状になることがありうるように礼治郎は思った。

 だが、周囲に目撃者もいないので正確なことはわからない。

 礼治郎は今はなぜ、どうやって生き残ったかは考えないことにした。


 大事なのはこれから先、どうするか――だ。


 奈落の先の更に深淵。再び地上に出れる確率が低い地底でどうするべきか、今すぐに判断しなくてはならない。

 巨大な蛇が徘徊する、地獄よりもひどい場所なのは確定だと思いながら、礼治郎は歩き出す。




 何かがおかしい……


 落下から14時間経過したが、どうも様子がいつもと違うと礼治郎は思う。

 妙に勘がさえるというか、感覚が鋭くなった気がしてならない。

 複雑で変化に富んだ未開の地下道を、礼治郎はモンスターに会わずに進んでいた。

 正確に言うと会っていないわけではない。近くに接近してきても、身を潜め、やり過ごしているのだ。

 理屈はわからないが、モンスターに察知されない距離やコツがふと頭に浮かぶのだ。


「おい、誰かいるのか? 俺を陰ながら助けてくれている奴がいるの?」


 ふと礼治郎は暗闇に向かい、問う。当然、返事はない。

 何か守護霊や妖精のようなものが、自分をアシストしてくれているのではないかと考えたが違うようだった。

 この時、礼治郎は気が付く。目を閉じ、意識を傾けると、視界の中にデジタル表示の時間が見えた。

 これは明らかに普通ではない。

 心の中、いや意識の中にデジタル表示の時計があるのは不自然だ。

 パソコンのインターフェイスのようなものが意識の中に形成されるのは、どう考えても魔法が関係しているのだろう。


「まさか、さっきの落下で、巨大蛇を殺したことで〈隠者〉が成長したのか?」


 〈解脱レベルアップ〉が起き、〈天職〉が成長したのではないかと想像する。


 このデジタル時間表示は〈隠者〉の成長が関係しているのだろう――。


 巨大蛇を倒したことで〈解脱レベルアップ〉が発生したと予測した。

 〈解脱レベルアップ〉は魔力があるこの世界特有の現象で、技術の修練を行ったり、肉体が霊力を取り込むことで大きく成長することを言う。

 霊力は主に魔物が死亡した際に現れ、死亡した魔物の近くにいる者に移動するとされている。取り込んだ霊力が体になじむと、霊的に生物として一つ上の存在に変化する。

 〈解脱レベルアップ〉が起こると、体力向上や魔力増大、新たな魔法獲得が起きるとされている。

 確かにデジタル時間表示は心から必要だと、礼治郎は思っていた。

 〈解脱レベルアップ〉を機に願望が具現化したことはありえると考える。

 とすると、別に必要なものが心に浮かぶ。

 周囲の状況の、視覚化・データ化である。

 周りに何がいて、どんな脅威があるのか、ストリートビューを見るように、もしくはレーダーを見るようにわかると便利だと考えたのだ。

 すると、脳の奥で何やら、ゴソゴソ、ムズムズと動く気配があった。

 ここで礼治郎は、ピンとくる。魔法の〈索敵〉や〈千里眼〉を使えれば、周囲の視覚化・データ化ができるのではないかと思い当たったのだ。

 〈索敵〉や〈千里眼〉などの魔法の使い方は学習している。学習しているが、複雑な魔力操作を要求されるので習得できずにいた。

 ふと、礼治郎は〈索敵〉を試みる。できそうな気がしたのだ。これには〈感知〉と〈解析〉と〈探査〉の基礎魔法を同時に使わなくてはならない。

 〈感知〉〈解析〉〈探査〉も今まで成功したことがないが、今は不思議と〈索敵〉ができる気がしてくる。

 精神を集中させ、詠唱を行い、印をきり、禹歩を行う。〈感知〉〈解析〉〈探査〉を順番で発生・成立するように努める。

 すると、周囲に100メートル内に動いているものがいるのがわかった。

 自分から見て11時の方向、30メートル上にトラック大のモグラのようなモノがいるのを感じたのである。


「〈索敵〉ができた!」


 礼治郎は小躍りして喜ぶ。〈解脱レベルアップ〉で自分ができることが増えたのだと理解した。

 〈天職〉でろくな魔法をもらえなかったので、基礎魔法の理論だけは礼治郎は学習し、頭に叩き込んでいる。

 絶望的な状況ではあるが、礼治郎はかすかに希望を胸に抱く。


 どうせ、何かに食われて死ぬだろうが、やれることはやってみよう!


 礼治郎は真っ暗闇の中を、〈索敵〉を使いながら、慎重に進み――今まで習得できなかった基礎魔法を次々と試した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る