第VI話

 4日目――相当な最深部にまで至っていると思えた探索は、大きな障害にぶち当たる。

 深淵竜・マラクと、影岩牛・アビスの群れに出会ってしまったのだ。

 全長20メートルに達する闇魔法を操る4匹のマラクと、影に入り込んで移動する5メートルの大きさのアビスの群れが、〈蒼天の義勇団〉を挟みこむかのように出現したのだ。

 マラクは竜というより真黒な巨大ヤモリといった外見で、アビスは漆黒の肌をした象のように大きいバッファローのようだと礼治郎は思う。

 団長である剣士ロバーグが3メートルの愛剣を構え、叫んだ。


「これは偶然の遭遇ではないぞ! 〈旧王の墓所〉の防御機能が起動したに違いないぞ!」


 5人の中心に当たる場所に移動したサハイムが、黒雲を発生させる。味方には〈能力強化補助〉をもたらし、敵には視界の自由を奪う雲を拡大させ、つぶやく。


「確かに不自然な展開だわい。こんな強い怪物が近くで共生できるわけがないわい」


 ウェーブの強い黒髪をかき上げ、妙齢な美女マ・カークが神官槌を地に打ち付け、土の壁を12塊発生させる。


「ここを楽にしのげるかが、わりと分水嶺だね? 楽勝できないとその後は地獄だね!」


 いち早く、毒の矢を12本放ったエルフのカラリハルが、マ・カークが生んだ土の壁に張り付きながら、気配を殺す。


「怪物達は我々の出現に驚いていない? つまりは我々に準備していたのか?」


 猛烈な強さを誇る魔獣である4匹のマラクと11匹のアビスの挟み撃ちを、〈蒼天の義勇団〉は磨き上げた連携プレーを駆使して迎え撃つ。

 〈蒼天の義勇団〉のお荷物である移転者・礼治郎は、ただひたすら、〈防御〉の魔法を重ねる。


「災厄害悪から同胞の命を守らん! 神の保護力を今ここに!」


 初歩の〈防御〉は一回で20センチの球状に展開し、発生する。一回の所要時間は59秒――つまり戦いが長期化し、短い範囲でなければ礼治郎の〈防御〉は役に立たない。

 それでも実戦で他にやることがないので、愚直に〈防御〉を重ね、地道に広げていく。球状の〈防御〉は数を重ねるとくっつきあい、大きさを増していく。

 そんな中、地下洞窟の魔獣が攻勢に転じる。〈蒼天の義勇団〉を明確に襲い始めた。

 マラクが黒いガス状のモノを大量に顎を開いて放ってくる。それにサハイムが反応する。


「可燃性のガスだわい! 火と電撃は禁止になるわい!」


 〈探知〉の〈魔法〉を持つサハイムがそういうと、大剣持ちの巨漢が走り出す。

 ロバーグが20メートルの距離を一息で詰め、連撃で3匹のマラクの首に致命傷を加える。が、すぐに一匹のマラクの前腕に払われ、地面に叩きつけられる。


「ぐのおぉ~!!」


 派手に転倒するロバークはアビス3匹に囲まれてしまう。

 影から影に走るアビスが獲物を圧死しようとしたところで、ロバークの足元に閃光が宿る。


「その光は精霊なので引火しません。我々エルフの英知です!」


 カラリハルが精霊の矢を放った直後に、背後に迫ったアビスを斬りながら言った。

 3分近くで怪物の4分の1を排除――〈蒼天の義勇団〉に勝機があると礼治郎は思った。

 が、直後にマ・カーク僧が悲鳴を上げる。


「わりとダメだ! 抑えきれない!!」


 一瞬何も起きていないように思えた。しかし刹那、地面が揺れると同時に、3匹の大型の化け物が地中から顔を出した。

 奈落蟲ンゲツィーファー――40メートルの巨躯なのに地中を泳ぐように進み、なんでもかみ砕く暴食の権化である。

 ンゲツィーファーは、前の世界で言う羽のないトンボに酷似していると礼治郎は見立てる。

 ンゲツィーファーの一匹はマラクに噛みつき、一匹はアビスを丸のみにした。

 そして一匹はサハイムとロバーグに迫る。

 瞬間、大地震が起こる。

 礼治郎は立ってられないと感じると同時に、足元に穴ができるのが見えた。


「嘘だろうっ!」


 直下型局地的大地震――恐らくは一か八かでマ・カーク僧が法術で起こしたものだと礼治郎は思う。

 地下迷宮内での地震は、誰もが等しく死に向かう。

 すぐに圧死すると思った礼治郎であったが、ただただ落下し続けた。

 何度も壁に叩きつけられるが、直径80センチの〈防御〉の球の中で礼治郎は無傷であった。

 球形の〈防御〉の中で身を丸め、〈防御〉を追加しながら、真っ暗闇の中をひたすら落下していく。


 どうせ、死ぬだろうが、〈防御〉の詠唱を続けよう!


 礼治郎は圧倒的な絶望の中で、自分のできることを続ける。

 だが次第に正気を保つのが難しいことだと思い至る。

 なぜなら自由落下が始まって3分経っても止まることがなかったのだ。


 嘘だろう? どんだけ長い縦穴なんだ? もう落下速度はマッハを超えたんじゃねえ?


 ありえない体験に礼治郎は涙を浮かべたが、〈防御〉をすることを続けた。

 礼治郎の体が停止したのはさらに8分後だった。

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