第V話
「カラリハル、そっち行った。わりと早いよ!」
周囲一帯に漂う毒霧を法術〈障害排除〉で無効化したマ・カークが叫んだ。
毒霧から現れた黒死鹿・アクリス4匹が散開するように、バラバラに飛んで逃げる。
カラリハルは細身剣にもなる森人弓で、4発矢を速射する。
「4匹、目視した。我々の勝利だ!」
カラリハルの矢は、アクリスを追跡し、すべて心臓に刺さり、殺す。
ぐげえぇ~っ、とアクリスは低い断末魔を放ち、全て倒れる。
アクリスは、1匹でも町全体を壊滅させるほどの恐ろしい魔物である。それをわずか数分で、4匹を2人で葬っていた。
〈蒼天の義勇団〉のメンバーはまさしく一騎当千と呼べる英傑の集まりだった。
この巨大な地下洞窟を下って、3日、〈蒼天の義勇団〉は80を超えるモンスターを倒している。
「レイジロー、我々のために〈魔石〉を取り出してほしい!」
「了解!」
カラリハルの要求で、モンスターの体をナイフで割いて魔臓から〈魔石〉を取り出す。魔法を操る獣には必ず魔力を発する核がある。
慣れた手つきで4匹のアクリスの〈魔石〉を取り出すと、続けて、血抜きを行う。だいたいの獣の頸動脈の位置を礼治郎は把握している。
次に、魔臓と心臓を結ぶ器官・魔膜を引きずり出す。礼治郎の調査によると、魔膜は人に悪影響をもたらす可能性が高いと説があるからだ。つまり有毒であり、呪われているとされているのだ。
礼治郎はモンスターの死骸をそのまま放置しない。ほぼ〈
なぜ保管するかといえば、一番は素材として売るためであるが、食べる方法を見つけるためである。
こちらの世界では動物はともかく、魔力を使うモンスター・魔獣は食べない。毒があることもあるが、主には食べると正気を失うことが多いからである。
礼治郎にしても食べたいわけではないが、食べる方法を画一できれば、先駆者・パイオニアになれるかもしれないと考えたのだ。
何かと存在価値の薄い自分を守るための苦肉の策である。今のところ魔獣の食料化は雲をつかむような話で、まだまだ情報を集める段階にある。
ちなみに礼治郎が自分でモンスターを倒したことは5回しかない。
優秀な〈蒼天の義勇団〉の中では礼治郎の価値は非常に小さい。
自然とうつむく礼治郎に、サハイムが無理に明るい声を掛ける。
「なに、確かにうちでは雑用しかやりようがなかったが、それを欲しがる連中もいるわい。料理も美味いしな。希望を捨てぬことだわい」
普段は礼治郎に声もかけないサハイムが慰めの言葉をいった。これには理由がある。
この探索が終わったら、礼治郎は〈蒼天の義勇団〉から脱団させられるのだ。サハイムは餞別のつもりで礼治郎に声をかけたと推測できる。
古の伝説が残るこの辺境で、礼治郎は一人で生きていくことになる。
要は試用期間が終わりということだ。
ちきしょう! 前の世界じゃ、試用期間で切られるなんてことは絶対になかったのに!
礼治郎は現世では、バイト先では有能で知られ、7回も支店長にまで上りつめていた。マニュアルを一晩で習得し、接客も、シフトを組むのもいつでも完璧にこなしていた。
だが、この異世界は無情だった。
礼治郎を持て余すギャロス王国の代わりに名乗り出た〈蒼天の義勇団〉だったが、1か月で育成を放棄する判断に至ったのだ。
教えてくれたのは〈蒼天の義勇団〉で礼治郎と一番仲が良いマ・カークである。
酒に意地汚いマ・カークが泥酔した調子に、礼治郎が追放されることを話したのだ。
試用期間の終わりで解雇――実際はギャロス王国による処刑に近い、と礼治郎は思う。
膨大な国費を投じて行った〈勇者召喚〉で、礼治郎のような不可解な存在がいてもらっては困るのだろう。
あの女王サリアリが、ハズレ組の自分たちを切り捨てに動くことは、あり得る話だと思う。
1年で独り立ちしようという礼治郎や設楽が描いていた成長プランは、甘すぎる幻想にすぎなかったのだ。
礼治郎は今回のこの〈旧王の墓所〉に賭けていた。冒険の経験を重ねることで、〈隠者〉として成長するか、新たな〈魔法〉を習得できないか淡い期待を抱いていた。
〈天職〉で得られた職業は、鍛錬を重ねることで成長するのだ。この世界は〈
〈
礼治郎は過酷な状況で雑用をすることが、〈隠者〉の成長につながるのではないかと漠然と考えていた。
今ごろ田畑さんや設楽さんはどうしていることやら……。
礼治郎は一緒に巻き添え召喚された人々のことを思い出す。皆とは〈天職〉が判明して後からそれぞれ隔離され、会っていない。
噂によるとタイガ、ウィンド、ミナコの優良株以外はロクな結果にならなかったようだった。
いやいや人の心配をしている場合ではない。何とか生きる術を見つけないと!
礼治郎はさらに心を引き締める。
そんな礼治郎にサハイムがさらに一言助言をする。
「お主の魔法、いかにも初心者であるが、非常に丁寧で完成度も悪くない。魔法の習得、続けていればひょっとすると化けるやもしれんぞ」
「ありがとうございます」
希望の見えない礼治郎には嬉しい言葉だった。魔法の鍛錬は続けようと思える言葉である。
だが探索4日目で 礼治郎の運命はまたもや大きく動いてしまう。
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